闇を語る夜に
夜。
焚き火のぱちぱちとした音だけが、静かな草地に響いていた。
魔女たちも皆、今日はよく戦い、よく怒り、よく笑った。ソレイユとカテリーナの“闘い”を見届けた仲間たちは、いつもより早く眠りについていた。
だが、ひとりだけ。
クロエだけが、焚き火のそばで腕を組み、無言で月を見上げていた。
(……やっぱり、ちょっと怒ってるよな)
健司は迷いながらも、毛布を持って近づいた。
「クロエ」
「……なに?」
振り返ったその表情は、いつもの落ち着いたクロエの顔だったが、目だけがすこしだけ冷たかった。
「怒ってる?」
「……怒ってない。呆れてるだけ」
「それって怒ってるってことだよね……?」
「……かもね」
健司は苦笑した。
「ごめん、ソレイユさんに悪気があったわけじゃないし、僕も……その、油断してた。腕枕とか、正直初めてで……」
「言い訳はいい。あの人が素直なことはわかってる」
「じゃあ、どうして?」
クロエは焚き火を見つめたまま、小さく呟いた。
「……気づいたの。私、自分が“信じてた以上に”あなたを大切に思ってたって」
健司はそっと彼女の隣に座り、毛布を広げた。
「じゃあ、一緒に寝よう?」
「……は?」
「ちゃんと、寝よう。今日はいろいろあったから。クロエにも安心してほしい。今日は僕の隣で寝て」
「……はあ。ずるい」
クロエは肩をすくめた。
「……じゃあ、今日は特別ね」
毛布の下で、二人は背中合わせで横になった。
焚き火のぬくもりと、背中越しに感じる互いの体温が、どこか安心感をくれた。
少しして、健司が口を開いた。
「クロエ……ソレイユさんの過去、すごく辛そうだった」
「……ええ」
「太陽の下で磔にされるなんて、普通じゃないよね。あの街の人たち、どうしてそんなことを……?」
クロエは、しばらく黙っていた。
やがて、ぽつりと呟く。
「……心当たり、あるわ」
健司が息をのむ。
「それって……あの街に、他の魔女がいたってこと?」
「うん。私も直接見たわけじゃないけど……魔女の間で噂になってた」
クロエは起き上がり、焚き火に手をかざすようにして語り始めた。
「――魔女の力には、“恐れ”が根源にあるっていうのは、健司が言ってたとおり。けど、その恐れを“利用する”ことで、街を乗っ取ろうとする魔女の集団がいる」
「……」
「その魔女たちは人間の街に紛れ、混乱を引き起こす。そして、“魔女が原因だ”という空気を作り、人間同士を疑心暗鬼にさせて、支配する」
「それって……ソレイユさんの街も?」
「可能性は高いわ。あのやり方は、いくつかの街で似たパターンがあった。たとえば、誰かが病にかかったとき、魔女の仕業だと騒ぎ立てるとか。水が濁った、作物が枯れた……そんなことで、罪をなすりつける」
「誰かが意図的に……?」
「そう。魔女狩りが起きるとき、実は裏に“操ってる魔女”がいることもある。人間だけじゃない、魔女をも騙す魔女……」
クロエの声には怒りが込められていた。
「……私の仲間も、そのせいで何人か殺された」
健司は思わず手を伸ばして、クロエの手を包んだ。
「……辛かったんだね」
「……健司」
「でも、そういう魔女がいるなら、ちゃんと止めなきゃね。ソレイユさんがあんな仕打ちを受けたのも、そのせいかもしれない」
「……だから、あなたが必要なんだと思う。誰にも染まらず、誰かを変える力を持ってる人間」
クロエは少しだけ微笑んだ。
「……でも、ソレイユには近づきすぎないように」
「え?」
「ちょっと、嫉妬するから」
健司は驚いたように、けれどどこかうれしそうに笑った。
「了解しました、クロエさん」
「……寝ましょ」
二人は再び毛布に潜り込んだ。
静かな夜だった。
けれど、クロエの言葉が、健司の胸に小さな炎をともしていた。
•
月が照らす森の奥。
ソレイユは、少し離れた岩の上で空を見上げていた。
彼女の金の髪が、月の光に照らされて輝いている。
その後ろに、静かに足音が近づいた。
「……眠れないのか?」
カテリーナだった。
ソレイユは少し肩をすくめて、振り向かずに言った。
「……昔を思い出してた。健司くんが、よく眠れたかどうかも気になってた」
「甘いな、あいつは誰とでも寝られるよ。特に魔女相手にはね」
「ふふ、そうね」
ソレイユは寂しそうに笑った。
カテリーナはその横に腰を下ろした。
「……ソレイユ」
「なに?」
「お前を太陽の下で縛った奴ら……もし本当に“闇の魔女たち”が関わってるなら、私が斬る。遠慮なく、全部」
「……ありがとう、カテリーナ」
「だからお前は、お前のままでいろ。笑え、泣け、怒れ。――守る奴ができたなら、私も戦える」
「うん。私、変わりたいって思えるようになったから」
二人はしばらく黙って星空を見上げた。
夜が明けるまで、残された静かな時間だった。
だが、遠く、森の奥では、何かが蠢いていた。
――それは、次に動き出す者たちの気配。
魔女に化けた、魔女すら騙す者たち。
真の“闇の魔女”たちが、次なる舞台の幕を開けようとしていた。




