夜の中で光を探して
旅に出て数日が経ち、健司とルナは森を越え、小さな山あいの町にたどり着いた。
夕暮れ時、町は柔らかな橙色に染まり、店の灯りがぽつぽつとともり始める。
「この町……なんだか、夜が早いね」
ルナが不思議そうに言った。
町の人々は、日が落ちる前に家へと戻り、窓を閉ざしていた。
どこか怯えたような雰囲気が、空気に混じっている。
「ここに……いるのかもしれないね。次の“魔女”が」
健司はそう呟いた。
宿に泊まり、夜になると町の異常がはっきりと見えた。
闇に包まれた通りは、まるで息をひそめるように静まり返っていた。
街灯も一つとして灯っていない。
そして――遠くから、誰かの叫び声。
「見えない……誰か、助けて……!」
健司は飛び起き、ルナと共に声の方へ向かう。
闇の中、少女がうずくまっていた。
手を伸ばすが、何もつかめず、目は開いているのに、虚空をさまようようだった。
「大丈夫、君は一人じゃない」
健司が手を取ると、少女は震えながら言った。
「見えないの……夜になると、何も……全部、奪ってしまうの……」
その瞬間、健司の胸の中に、ざわりと何かが入ってきた。
恐怖――「夜が怖い」
深い暗闇に閉じ込められ、何も見えず、何も触れられない。
少女の名前はミナ。
夜になると周囲の視界を奪ってしまう力を持つ魔女だった。
「私のせいで……町の人が、何度も怪我をしたの。
夜の闇が私を通して広がるみたいに……」
ミナは夜が怖かった。
幼い頃、両親を夜の事故で失い、その時から夜を忌み、恐れ続けていた。
その恐怖が、能力になった。
夜になると、彼女の周囲には“見えない領域”が生まれる。
それは彼女の無意識が生み出した「夜そのもの」だった。
健司は静かに語りかける。
「君が怖がっていたのは、夜そのものじゃない。
何も見えず、一人になることが……怖かったんだ」
ミナは目を伏せ、唇をかんだ。
「でも、どうすればいいの? 私がいると、みんな怖がって、避けて……」
ルナがそっと前に出た。
「私も、昔はそうだった。歌うことが怖くて、人の前に立てなかった。
でも、健司がいてくれたから、私は……歌えたの」
ミナの瞳が揺れる。
「君は、夜を閉じ込めてる。でも、それはきっと、心のどこかで“光”を探してるから」
健司は、彼女の手を取った。
「もう一度、夜を見てみよう。
君の中にある、恐怖の奥にあるものを、一緒に探してみよう」
その夜、町の広場で、健司は町の人々に呼びかけた。
「今夜だけでいい。彼女と、ミナと向き合ってくれませんか」
当然、ざわめきが起きた。
恐怖と疑念。それでも、数人が残った。
そして、夜が深くなるにつれ、視界が霞んでいく。
闇に包まれる。
だが――その中心に、ミナがいた。
震えながら、健司の手を握りしめる。
「こわい……」
「大丈夫。僕はここにいる」
ルナがそっと歌い始めた。
静かで、優しい歌。
かすかな旋律が、闇の中に溶けていく。
ミナの周囲の“闇”が、すこしずつ和らいでいく。
健司の能力が、彼女の恐怖を包み込み、少しずつ希望に変えていく。
そして、ミナが小さく、つぶやいた。
「わたし……もっと、光が見たい……」
その瞬間――夜空に、雲間から月が覗いた。
静かに町が、光を取り戻す。
視界が戻り、人々は息を飲んだ。
ミナの“夜”は、恐怖だけではなかった。
その闇の中にも、誰かと繋がれる“温かさ”があった。
「ありがとう……健司さん、ルナさん……」
ミナの目に、涙が光る。
――それは、初めて見る夜の光だった。
そして、翌朝。
町の人々は、ミナに微笑みかけた。
「おはよう、ミナちゃん」
「昨日はすごかったね」
ミナは、ぎこちなく微笑みを返した。
そして、健司にそっと言った。
「私も……一緒に行っていい?」
健司は、迷わずうなずいた。
「もちろん。ようこそ、“光の旅”へ」
ミナが、一歩を踏み出す。
その背にあるのは、まだ夜の名残。
でも、朝の光は確かにそこにあった。
こうして、三人の旅が始まった。
“恐れ”が力になるこの世界で、“愛”だけが、それを光に変えられる。




