海の街へ向かって
朝の陽射しが木々の間から差し込み、健司たちの旅路を黄金色に染めていた。
森を抜け、川沿いの道を進みながら、健司は後ろを振り返って仲間たちの顔を順に見た。カテリーナ、クロエ、リセル、ローザ、エルネア、セレナ、ソレイユ、リーネ、ミリィ、ヴェリシア、そしてルナとミイナ。誰もが少しずつ疲れを滲ませてはいたが、確かな覚悟をその目に宿していた。
新たな居場所を求めて旅を再開してから数日が経った。前の村では、理解と恐れが交差していた。だからこそ、今度こそ心から安らげる場所を見つけたい――そう思っていた。
その日の昼下がり、健司は皆を集めて小さな焚き火を囲んだ。
「……次の目的地について話し合おう」
そう言うと、皆の目が自然と彼に集中した。
健司は地面に地図を広げ、数カ所に印をつけていく。
「僕たちが今いる場所から、北には高原の街、南東には海沿いの街、そして南西には常に暑い気候の都市国家がある。あとは……西に自然が豊かで魔法との共存を掲げている国があるって聞いたことがあるよ」
「じゃあ、どこに行くの?」
ミイナが素直な声で尋ねた。
ルナも小さく頷く。
「もう、寒いところとかは嫌だなぁ……」
ソレイユが肩をすくめて言った。
「私は暑いところでもいいけどね。太陽がなければ好ましいし。」
セレナがすぐに反論した。
「それ、あなたが太陽の魔女だからでしょ。私は月が見えないところがいい……」
リーネは中立的な立場から言った。
「どこであっても、必要なのは安心できる居住環境よ」
話は次第に賑やかになっていく。誰もが口を挟み、意見を交わしながらも、和やかな空気が流れていた。
健司は皆の話を聞きながら、そっとクロエを見つめた。
いつも自分の行動を肯定してくれる存在。苦しいときも、彼女がいてくれたから乗り越えられた。
だから、彼女の意見を聞きたかった。
「クロエさん」
「ん……?」
「……どこがいいと思いますか?」
その問いに、クロエは少し考えてから、そっと目を閉じた。
「……海沿いの街なら、いいかもしれないわね」
「理由は?」
「空と海がつながっていて、果てが見えない場所。昔、そういう場所で人と話すのが好きだったの。風が心地よくて、誰かと向き合うにはぴったりな場所よ」
健司はその言葉を聞いて、柔らかく微笑んだ。
「じゃあ……決まりだね」
•
「ええ、海沿いの街に向かおう」
健司の言葉に、皆が静かに頷いた。
そのとき、リセルがぽつりと呟いた。
「今度こそ……本当に、暮らせる場所が見つかるといいわね」
その言葉には、これまでの旅の重みと、未来への願いが込められていた。
「うん。今度こそ……」
健司はそう答えた。
•
その夜、皆が眠りについたあと――
健司は一人、夜の星空を眺めていた。月の光が静かに降り注ぎ、焚き火の残り火が風に揺れている。
そこに、クロエがそっと隣に座った。
「……眠れないの?」
「うん、少しだけ。クロエさんも?」
「あなたが考え込んでると、すぐわかるのよ。ずっとそうだったわ」
健司は少し笑って頷いた。
「クロエさん……僕は、あの村でも、いい方向にいけると思ってた。でも、やっぱり……簡単じゃないね」
「簡単じゃないわ。でも、諦めなかったでしょ」
「……はい」
クロエは焚き火に手をかざしながら、ぽつりと話した。
「私ね、昔は“変わる”ってことを怖がってたの。自分が変われば、大事な何かが壊れるんじゃないかって。でも、あなたといるうちにわかったの。“変わる”ことは、“進む”ことでもあるのね」
健司はその言葉を、しっかりと胸に刻んだ。
「海の街で、少しでも未来が開けたら……僕は、もう一度、魔女と人が共に生きる方法を探したいです」
「……なら、私も一緒に行く」
クロエは、月明かりの中で健司の手をそっと握った。
•
翌朝。
「みんなー、そろそろ出発の準備だよー」
ミイナが元気よく声を上げる。
ヴェリシアはカテリーナに言った。
「カテリーナ様、今日はおとなしくしていてくださいね。昨日、健司にくっつきすぎて、皆の目が……」
「なによ、あれくらい普通でしょ。むしろ、私としてはまだ足りないくらいよ?」
「はぁ……」
「なに、まさか嫉妬してるの?」
「してませんっ!」
そんなやり取りに、セレナやソレイユが苦笑する。
エルネアは少し後ろから歩きながら、健司を見つめて呟いた。
「……本当に不思議な人ね、あなたは」
•
出発の時、健司は全員に言った。
「海の街に行こう。波の音を聞きながら、みんなで暮らせる場所を探そう」
「……今度こそ、ね」
クロエが静かに返した。
その声に、リセルも頷いた。
「うん、今度こそ」
魔女たちの中には未だ葛藤を抱える者もいた。けれど、その心に芽生え始めた新しい感情――それが未来を支える力になる。
健司たちは、まだ見ぬ海の街へと歩みを進めた。
青い空の向こうに、希望の風が吹いていた。




