託された光
焚き火がぱちぱちと音を立てて燃えている。
その周囲に、健司たちと数人の魔女たちが集まっていた。
戦いはひと段落し、ほんの少しだけ、穏やかな空気が漂っていた。
その中で――クロエが、ぽつりと口を開いた。
「……その集団、私も知ってるわ」
カテリーナが目を向ける。
「知っている……?」
「ええ。その集団のトップの魔女と……一度やり合ったことがある。傲慢な女だった。自分が最も正しいって思い込んでる」
クロエの言葉には、どこか凍てついた痛みがにじんでいた。
「魔女以外は劣っている、力のない魔女すら価値がない――そんな思想を平然と口にする連中。今も活動してるとしたら、かなり厄介ね」
健司は黙って頷いた。
「……そんな魔女がいるなんて」
彼はそっと、隣に座るカテリーナに視線を送った。
「でも……カテリーナさんは、生かされたんですね」
その一言に、カテリーナの身体がぴくりと揺れた。
クロエも、言葉を継ごうとしたが、カテリーナが首を横に振った。
「違うの。私は……“生かされた”んじゃない。……逃げたのよ」
その言葉に、一同が沈黙した。
「……仲間たちは、あの時、必死に戦っていた。私を守ろうとして、命を投げ出して……それなのに、私は――何もできなかった。怖くて、身体が動かなかった。逃げたの。村の外に、ただ一人……」
火の揺らめきが、カテリーナの頬に涙の影を落とす。
「私は……誰よりも臆病だった。だから、今も誰かに救われるなんて……信じられない。……私は、生きていてはいけないのよ」
そう言って、カテリーナは焚き火から顔を背けた。
その時だった。
健司が、静かに立ち上がった。
彼は何も言わず、手を胸元に当てた。
すると、彼の体から柔らかく、温かな光が放たれた。
それは、月明かりにも似て――しかし、もっと温もりに満ちていた。
「カテリーナさん……目を閉じてください」
戸惑いながらも、カテリーナは言葉に従う。
すると、彼の光が、彼女の額に触れた。
そして次の瞬間――
彼女の視界が、真っ白な世界に包まれた。
⸻
そこは、まるで雲の上のような、柔らかで何もない空間。
風も、音も、ない。
ただ、白い光だけが、穏やかに満ちていた。
カテリーナは、自分が立っていることに気づき、辺りを見回した。
「……ここは?」
そのときだった。
「カテリーナ……?」
懐かしい声が聞こえた。
カテリーナが振り向くと、そこには――
かつての仲間たち。魔女たちが、ずらりと並んで立っていた。
花飾りを編んでいた魔女、薬草を集めていた魔女、笑顔で炎の調理をしていた魔女。
――そして、カテリーナの最も信頼していた、副官の魔女。
「みんな……!」
その姿は、今でもカテリーナの記憶に深く刻まれていた。
しかし、彼女たちは悲しそうな顔をしていた。
「……ずっと、カテリーナのことを見ていたよ」
「カテリーナ。君、ずっと苦しんでいたね」
「私たち、カテリーナが逃げたって……恨んだことなんて、一度もない」
「……でも、今のカテリーナ、悲しそうだよ。未来を閉ざした顔をしてる」
カテリーナは膝をつき、声を震わせた。
「私が……もっと強ければ……! あなたたちを守れた……!」
副官の魔女が、ゆっくりと歩み寄り、そっとカテリーナの肩に手を置いた。
「カテリーナ……未来は、あなたに託したの。だから、どうか――笑って」
その言葉と共に、彼女たちはゆっくりと手を広げる。
「あなたは、今でも私たちの誇り。誰かを守りたいって思った、その気持ちこそが、あなたの本当の力」
「――だから、前を向いて」
光が、仲間たちの身体を包み込んでいく。
その光は、優しく、柔らかく――まるで天へと昇っていくようだった。
「待って……!」
カテリーナは叫んだ。
「行かないで……!」
すると、仲間たちは最後に微笑んで言った。
「大丈夫だよ。あなたには――もう、仲間がいるから」
⸻
ふっと目を開くと、現実の焚き火の光が視界に戻ってきた。
カテリーナは、涙でぐしゃぐしゃになった顔を、手で覆っていた。
健司がそっと、彼女の隣に座った。
「……カテリーナさん。あなたは、“逃げた”んじゃない。生き延びたんです」
「……健司……」
「だから、今こうして、あなたの想いが届いたんですよ。大切な仲間たちに」
カテリーナは、健司の肩に寄りかかりながら、小さな声で言った。
「……ありがとう……私……やっと……本当に……救われた気がする……」
クロエも、リセルも、ローザも、そしてルナとミイナも――彼女のまわりにそっと集まって、静かに微笑んでいた。
誰もが、それぞれの傷を抱えている。
けれど、手を取り合えば、その痛みは分かち合える。
そして――癒すことも、きっとできる。
焚き火の炎が、夜空を照らして揺れていた。
その炎のように、カテリーナの心にもまた、小さな灯りがともっていた。
それは、仲間が託した――未来の光。




