闇の奥に咲く光
「嘘……」
クロエが、信じられないというように呟いた。
「エルネアまで……」
リセルも、息を飲む。
ローザはただ、ぽつりと呟いた。
「まさか、アスフォルデの環の幹部たちが……認めるなんて……」
三人の魔女の目には、同じ驚きが宿っていた。
ソレイユ、セレナ、リーネ、そしてエルネア。
幹部たちが健司という一人の人間の言葉に心を動かされた――
魔女の誇り、魔女の絶望、魔女の怒り。
それらを抱えた彼女たちが、健司に“救われて”いた。
それを見ていたカテリーナは、ゆっくりと前に出た。
唇が歪む。表情には、怒りと焦り、そして――
「……危険すぎる」
静かな声だった。
だが、その言葉には確かな“殺意”があった。
「ここで終わりだよ、健司」
手を掲げると、空気が震えた。
「――ブラックアンビション」
真っ黒な闇が、空から降り注ぐ。
それはただの闇ではなかった。
恐怖、怒り、絶望、裏切り――すべての負の感情を具現化した魔法。
健司の周囲に、黒い霧のような闇がまとわりつき、心をむしばんでいく。
「怖いだろう?」
カテリーナは言った。
「これが、魔女の本当の姿だ。希望なんて、幻想だ。愛なんて、裏切られるだけ。信じたって、捨てられるだけ!」
健司は、闇に包まれながらも、前を見ていた。
「……カテリーナさん」
「何だ」
「あなたが一番……怖かったんですね」
闇の中で、健司の声は穏やかだった。
「誰もいなくなったあの日。何も信じられなくなった夜。誰かの名前を呼んでも、誰も振り返ってくれなかった。――違いますか?」
「黙れ……!」
「カテリーナさんは、すべてを失った経験がある。だから、“失うこと”が、何よりも怖いんですよね」
「黙れ!!」
怒声と共に、カテリーナが手を振る。
「ブラックソード――!」
闇の中から、漆黒の剣が無数に現れる。
その一本一本が、呪いと絶望を宿した刃。
刃が一斉に健司に向かって放たれた。
だが、健司は逃げなかった。
そのまま歩いていく。
闇が、心を試すように絡みつく。
剣が、魂をえぐるように迫ってくる。
――でも、それでも。
「カテリーナさん」
健司は、声を張った。
「あなたの光になります。……いつまでも、あなたのそばにいます」
カテリーナの動きが、止まった。
「……何を……言って……」
「一人で泣かないでください。もう一人で闇に沈まないでください。僕がいます。あなたを、ずっと見ています。あなたの中にある小さな光を……見つけていますから」
漆黒の剣が、目の前で止まった。
まるでその言葉に、心が揺れたように。
カテリーナの身体が震えていた。
「……やめろ……」
「あなたは誰よりも優しい。仲間が傷つくのを見たくなくて、自分が悪者になった。全部、自分のせいにして……それで皆を守ろうとした」
「……やめろ……!」
「――でも、そんなあなたの背中が、僕にはとても悲しかったんです」
カテリーナの目から、涙が一粒、落ちた。
「やめてよぉ……」
剣が消えていく。
空を覆っていた闇も、少しずつ晴れていった。
「私は……誰かのために生きたかっただけなのに……全部……壊れちゃった……!」
膝をついたカテリーナに、健司はそっと歩み寄った。
「……間違ってません。あなたの想いは、今も……ここにいます」
彼は、カテリーナの肩に手を置いた。
「一緒に、また歩きませんか。未来を、もう一度信じてみませんか」
カテリーナは震える唇で、やっとの思いで呟いた。
「……私には、もう何も……」
「僕がいます。クロエさんも、リセルさんも、ローザさんも……きっとあなたを待ってます」
その名を聞いたとき、カテリーナの顔がわずかに上がった。
「……私が戻っても……彼女たちは……」
「大丈夫。あなたが謝れば、きっと受け入れてくれます」
カテリーナは、もう一度だけ泣いた。
それは、怒りでも、憎しみでもない。
自分を許すための、涙だった。
やがて、彼女はゆっくりと立ち上がった。
その瞳には、少しだけ光が戻っていた。
「……あなた、本当におかしいわね。敵を救おうなんて」
健司は、笑った。
「そう言われるの、慣れてきました」
後ろで見ていたクロエ、リセル、ローザは、言葉を失っていた。
「……本当に、この人は……」
ローザが震えた声で言った。
「人間なんて、思えないわ……」
その言葉に、リセルはぽつりと呟いた。
「でも、だからこそ――惹かれるのかもしれない」
カテリーナは立ち上がり、肩に手を置いた健司の手を、そっと振りほどいた。
「……今すぐ、あなたの言葉を信じたとは言わない。けど……もう一度だけ、世界を見てみる。そう思ったわ」
健司は、力強くうなずいた。
「それで、十分です」
闇が晴れ、空に星が瞬いた。
魔女たちの心にも、少しずつ光が差し込んでいた。




