未来を越える者
リーネが沈黙し、健司の言葉に涙をこぼしたその瞬間。
その光景を静かに見ていた魔女が、一歩前に出た。
「……もしかしたら」
エルネアだった。
その表情は、冷静でありながら、どこか思案に満ちていた。
「変わるかもしれない……」
その言葉は、誰に向けられたものでもなかった。
自分自身に問いかけるように、呟いた。
エルネアは他の誰よりも知っていた。
リーネ、ソレイユ、セレナ――あの三人は、決して心を簡単に許す魔女ではない。
気高く、我が強く、頑なに“魔女”であろうとする誇り高き者たち。
その彼女たちが、あっさりと人間の青年に心を許したなど、にわかには信じがたい。
「……ならば、確かめるしかない」
エルネアが前に進んだ。
その気配に、空気が緊張する。
幹部の中でも一、二を争う力を持ち、「未来を見る魔女」として恐れられる存在――
健司もその気配に気づき、顔を上げた。
「……エルネアさん」
「あなたが健司ね。噂は聞いているわ。……質問するわ、目的は何?」
その問いは、鋭く、何の揺らぎもなかった。
健司は迷いなく答えた。
「まずは……カテリーナさん、そしてエルネアさん。あなたたちを救うことです」
エルネアの目が細くなった。
「救う……? 誰を?」
「あなたたち自身を、です。――過去や恐れ、諦めに囚われたままのあなたたちを」
一瞬、空気が凍る。
「……傲慢な考えね」
エルネアは右手を上げた。
「未来予知魔法――《カーネーションリライト》」
彼女の目が淡く光ると、空間に複数の“未来の映像”が浮かび上がった。
健司の動き、反応、言葉、あらゆる未来の可能性を、彼女はその場で読み取り始める。
「これで、あなたの動きは全て読めるわ。何一つとして、私の予測から逃れられない」
健司は静かに構えた。
「どうぞ、試してください。僕が本気で向き合っていると、わかってもらえるなら」
「――いいわ。その戯言がどこまで通用するか」
エルネアが手を振る。
瞬間、未来予知によって導き出された最適行動――それに基づく攻撃が繰り出された。
「カークブラスター」
無数の魔力の塊が健司に向かって飛び出す。
それは、空間を自在に歪め、どこへ逃げても追尾してくる回避不能の多段魔法。
誰もが、これには勝てないと確信していた。
しかし――
健司は、ひとつも避けなかった。
すべてを、正面から“受け止めた”。
衝撃が辺りに響き、土煙が舞う。
だが、その中から歩き出す健司の姿が見えた。
彼は、無傷だった。
「なっ……!?」
エルネアの目が大きく見開かれる。
「未来では、避けていた。回避行動に出るはずだったのに……なぜ、受け止めたの?」
健司は静かに答えた。
「僕は“未来を変えたい”んです。あなたが見た未来は、あくまで“今までの世界”でのもの。僕が目指す未来は、そこにはなかった」
「……そんな、理屈が……」
エルネアの声がかすれる。
「エルネアさん。あなたは本当は、誰かに認められたかったんですね。同じくらい賢くて、同じくらい遠くを見て、でも、あなたを肯定してくれる誰かに」
「黙りなさい……!」
「あなたの力は素晴らしい。未来を見通す才能も、誰にも真似できない。でも……未来が見えるということは、希望がないと、絶望しか映らなくなるんじゃないですか?」
「――っ!!」
エルネアの魔力が暴走しかける。
「私に……絶望を語るな……!」
「語ってません。僕は、希望を信じたいだけです。あなたの中にある、わずかな“信じてみたい”という想い。それに応えたい」
「そんな想い……あるわけが……!」
そのとき――
エルネアの周囲の魔力が一気に落ち着いた。
彼女の体が小さく震え、目を伏せる。
「……見えたの。あなたと出会った未来のその先が……少しだけ、光っていた……」
健司は、ゆっくりと手を差し出した。
「信じてみませんか? 一度だけでいい。……未来を、変える勇気を」
エルネアは、しばらく黙っていた。
そして、静かにその手に、自分の手を重ねた。
「……私は未来を見てきた。でも……あなたは、未来を“超えて”きた」
「ありがとうございます、エルネアさん」
その瞬間、空に浮かぶ幻像の未来がひとつ、ゆっくりと消えていった。
――新たな未来が、静かに開かれたのだった。
カテリーナは、それを見つめていた。
その目に、焦りが浮かんでいた。
「……バカな……エルネアまで……?」
彼女の掌が強く握りしめられ、指先が白くなる。
「こんな幻想が、現実を覆すものか……!」
だが、既に幹部の半数が健司の言葉に心を動かされていた。
風が変わりつつある――
そのことを、誰よりも早く察知したのは、カテリーナ自身だった。




