癒せぬ傷
「――偽善者が!」
叫んだのは、カテリーナだった。
それは雷鳴のように、村の静寂を切り裂いた。
健司は、睨むように前へと出たカテリーナを、ただまっすぐに見つめ返した。
「カテリーナさんは……誰もいなくなるのが、怖いんですね」
その言葉は、まるで鎌のように、カテリーナの心に引っかかった。
「……っ!」
カテリーナの眉が歪み、口元が震えた。
「言葉だけで人の心を救えるなら、私たちはこんな世界に生きてない!」
カテリーナが叫んだ直後、一人の魔女が一歩前に進んだ。
淡い黄緑のローブをまとい、優雅に歩くその姿には、どこか穏やかな雰囲気があった。
しかし、彼女の目は冷たい。
回復の魔女――リーネ。
「お喋りはここまでにしよう」
彼女は微笑みながら、手を掲げた。
「数多の魔女を癒してきたこの私が、あなたを壊す役を担うなんて……皮肉ね」
リーネの指先に、光が宿る。
「――ヒールデストロイ」
淡い光が健司の全身を包み込んだ。
それは回復の魔力の形をした“破壊”。
健康な者ほど大きな反動を受けるという、回復の魔女特有の逆転魔法だった。
直後、健司の体がよろめいた。
「っ……うっ……!」
胸を押さえ、膝をつく。
リーネは、ゆるく笑った。
「その程度よ。人を救うだなんて、甘い幻想」
だが、健司は目を伏せ、深く息を吐いた。
そして、ゆっくりと立ち上がる。
「……リーネさん……」
「何?」
「あなた……健康だったのに、無理やり薬を飲まされた経験がありますね」
その瞬間、リーネの表情が変わった。
まるで、封じた記憶がこじ開けられたかのように。
「っ……!」
「小さな頃……あなたは“健康”すぎると、研究対象にされ、不要な治療や薬を受けた。大人たちは“予防”だと言って……あなたの心を壊していった」
リーネの笑みが消えた。
「……やめて」
「それ以来、“癒し”という言葉に、あなたは嫌悪を抱くようになった。だから、“回復”で人を壊すような魔法を作り出した……」
健司は、まっすぐ見つめて言った。
「あなたは、本当は誰も傷つけたくないのに……!」
リーネは後退した。
「……違う……私は……!」
彼女が両手を構えた。
「――キュア・リジェネイション」
リーネの足元に光が広がる。
それは、これまで彼女が癒してきた全ての魔力を“逆流”させ、対象にぶつける強力な魔法だった。
何百人、何千人もの魔女を癒してきたリーネだからこそ使える、ある意味“究極の破壊”。
その魔法が健司に向かって放たれる――
しかし。
何も起こらなかった。
光は健司に届く前に、ふっと消えた。
まるで、攻撃する意志が途中で断ち切られたかのように。
リーネの瞳が揺れた。
「……なぜ……?」
健司は、優しく笑った。
「リーネさんが……僕を攻撃したくないからです」
「っ……!」
「だから、魔法は発動しなかった。あなたの心が、誰かを傷つけることを拒否してる」
リーネの目から、大粒の涙がこぼれた。
「……嫌だった……! 本当は、癒したかった……!」
「知ってます。あなたの手は、たくさんの人を救った。心が壊れそうな魔女たちに寄り添って、手を差し伸べた……」
健司は、そっと手を伸ばした。
「その力は、壊すためじゃない。――救うための力です」
リーネは震える手で、その手を取った。
「……どうして……こんなに……優しいの……」
「僕も、誰かにそうされたかったから」
その言葉に、リーネの涙が止まらなかった。
静かに、風が吹いた。
その風は、戦いの空気を少しずつ、溶かしていくようだった。
しかし、まだ終わっていなかった。
カテリーナが、鋭い視線で二人を睨みつけていた。
「……また一人、落ちたわね」
彼女の声は、冷え切っていた。
「これが幻想でなければ何なの。こんな茶番に感動して、何が変わるっていうの?」
エルネアが横に立ち、何も言わずカテリーナの横顔を見つめていた。
戦場の中心で、健司と魔女たちは、確かに“何か”を変え始めていた。




