夢の終わりと、語る資格
南の村――
その朝も、いつもと変わらぬ穏やかな空気が流れていた。
健司は朝の光の中、畑の手入れをしながら、クロエとルナ、ミイナ、リセルと談笑していた。
「……それでね、村の子が“ミイナの髪、ふわふわでかわいい”って!」
ミイナが無邪気に笑う。
ルナもそれを聞いて嬉しそうに頷いた。
リセルは少し離れた木の下で本を読んでおり、クロエは洗濯物を干していた。
「こうして、魔女と人間が共に暮らす場所が、本当にできるなんて……」
健司は静かに呟いた。
「まだ始まったばかりだけど、僕はこの時間を信じたい」
その時だった。
空気が変わった。
空が、一瞬、暗くなったように感じた。
風が止み、鳥たちが森へと逃げ、精霊たちが姿を消す。
クロエが、洗濯物を干していた手を止め、顔を上げた。
「……来たわね」
「え?」
リセルも顔を上げた。そして、次の瞬間――
大地が震えた。
村の外れ、森の中に、5つの強大な魔力が出現したのがわかった。
それはまるで、空間そのものが押しつぶされるような圧迫感。
魔女であるリセルやクロエでさえ、思わず息を飲むほどの存在感だった。
やがて、木々を裂いて5人の女たちが現れた。
先頭には、漆黒のローブを身に纏ったカテリーナ。
その後ろに、エルネア、ソレイユ、セレナ、リーネ――アスフォデルの環の幹部たち。
「……っ!」
リセルは、目を見開いた。
「まさか……全員……!」
「この村に……幹部が全員来るなんて……!」
クロエが歯を噛んだ。
「ヴェリシアがいないのが、まだ救いね……」
地を歩く音が近づくたび、村全体が沈黙に包まれていく。
村人たちは身を隠し、魔女たちは健司のもとに集まった。
健司は一歩前に出て、彼女たちと真正面から向き合った。
カテリーナの視線が、健司を貫いた。
「……ここまでね、健司。あなたの“夢”は」
低く、冷たい声だった。
だが、その中には微かに怒りと苛立ちが混じっていた。
「人間と魔女が共に暮らす? 幻想にすぎない。私たちは、何度人間に裏切られ、狩られ、焼かれてきたと思う?」
「そうだよ」
ソレイユが続いた。
「夢を見るのは勝手だが、それを“広めよう”とするなら、私たちは止める」
セレナも冷ややかに言う。
「お前は、魔女たちを軟弱にしている」
「それ以上、幻想をばらまかないで」
リーネの言葉は静かだったが、その中には深い絶望があった。
健司は、一人で彼女たちの言葉を受け止めた。
そして、言った。
「……カテリーナさん。あなたは、いつ“夢”を諦めたんですか?」
その一言に、空気が凍った。
カテリーナの目が、ゆっくりと細くなった。
「なに……?」
「僕には、あなたたちの言葉が“夢を諦めた者の言い訳”に聞こえます。諦めることが悪いとは言いません。でも……」
健司は前に一歩出た。
「未来に向かって歩こうとする人に、“そんなのは無理”って言うのなら……」
「あなたに、“語る資格はない”!」
瞬間、空気が爆ぜた。
カテリーナの体から、黒い重力の魔力が爆発するように噴き出した。
地が揺れ、風が唸り、村の空に影が落ちる。
「なっ……!」
リセルとクロエが、魔力の防壁を張る。
「――お前が、私に説教するつもりか……?」
カテリーナの瞳が、赤黒く光る。
「未来? 歩く? そんなもの、何百年と私たちは信じようとした! でも、何度裏切られた!? 何度、仲間が殺された!? 何度、“魔女”というだけで石を投げられたと思ってる!!」
その怒りは、正当だった。
彼女の叫びは、胸に刺さるほどの痛みと重さがあった。
「……それでも、僕は信じたい」
健司の声は、静かだった。
「僕は、クロエと出会って、リセルと話して、ルナとミイナの笑顔を見て……魔女が“人”であることを、知ったから」
「それを……僕は、信じている」
一瞬、風が止まった。
カテリーナは、口を噤んだまま健司を見つめていた。
彼の目は、恐れず、澄んでいた。
何かを“責めて”いるのではなく、ただ“信じて”いた。
それが、逆に彼女の怒りをさらに煽る。
「……いいでしょう」
カテリーナは冷たく言い放つ。
「あなたが“語る資格”を持つかどうか、今から証明してもらうわ」
「すべての幻想を壊し、その村もろとも、消し去ってあげる」
「それが、あなたの望んだ“理想”の結末よ」
彼女の背に、ブラックホールのような魔力が渦を巻いた。
ソレイユが太陽の光を、セレナが月の波動を、リーネが空間を歪ませ始めた。
だがその時――
「やめて!」
村の方から、一人の声が響いた。
それは、ミイナだった。
「健司は、嘘なんてつかない! 私たちは……今、幸せなんだ!」
ルナも叫んだ。
「一緒にいたいだけ! それだけなのに、なんで壊すの!?」
クロエが健司の横に並び、リセルも立ち上がった。
「私たちは、あなたたちの敵じゃない。だけど、健司を守るためなら……」
「私たちは、戦う!」
カテリーナの目が細められた。
「……なるほど。なら、望みどおりに」
「夢の終わりに、ふさわしい“闇”を――与えてあげる」
――静かに、戦いの幕が上がろうとしていた。




