動く闇と、囚われの希望
アスフォデルの環――
月光すら届かぬ地下深く、儀式の間。
その中央に浮かぶ巨大な水晶が、淡い青光を放ちながら、ひとつの映像を映し出していた。
画面の中には、南の村に暮らす健司たちの姿があった。
健司の声。
彼のそばで笑う魔女たち――クロエ、リセル、ルナ、ミイナ、そして、つい先日加わったミリィ。
どの顔も、穏やかだった。
「……これが、“魔女と人間が共に暮らす”っていうの?」
カテリーナが、嘲るように口元を歪めた。
水晶を見つめるその双眸は、冷たく、しかし確かな焦りが滲んでいた。
「気持ち悪いくらい、馴染んでるじゃない。笑って、手を取り合って……そんなことが、できるはずがないのに」
その隣に立つエルネアも、映像を無言で見つめていた。
「……このまま放っておけば、どうなると思う?」
カテリーナの問いに、エルネアは静かに答える。
「秩序が崩れる。“魔女は人を支配するもの”という価値観が、揺らぐ」
「そう。だから私は動く」
カテリーナがくるりと水晶の前を離れ、玉座に腰を下ろす。
その足元に、ヴェリシアが捕らえられていた。
両手を後ろで縛られ、魔力を封じられた彼女は、うつむきながらも、健司の映像をしっかりと見つめていた。
(あれは……“作られた”ものじゃない。心から……自然に生まれた関係)
ヴェリシアは、胸の奥に温かな痛みを覚えていた。
(あの時、確かに見た。ローザの笑顔、リセルの戸惑い、クロエの優しさ、そして健司のまなざし)
(偽りのない心……あれが、愛――)
「……健司は、脅威だ」
カテリーナの声が響く。
「魔法でも、力でもなく、心で魔女を変えるなんて……そんなもの、広がってしまえば、この世界の支配構造は崩壊する」
「それに、彼の周りの魔女たち――今や、アスフォデルの環の中核を担っていた者たちばかり。リセル、クロエ、ヴェリシア、そしてミリィまで」
エルネアは首を縦に振った。
「私も、同意する。健司を放置すれば、私たちは“人間に屈した魔女”と呼ばれ、崩壊は避けられない」
「だったら……他の魔女に落とされる前に、私がやる」
カテリーナの目が、鋭く光った。
「健司を殺す。そうすれば、“幻想”は壊れる」
「魔女と人間が共存できるなんて甘い夢を、叩き潰してやる」
水晶に映る健司の笑顔が、逆にカテリーナの心をざらつかせていた。
彼のような存在は、ただの“異端”ではない。
理論や恐怖、支配を超えて、“魔女自身の心”を揺さぶる力を持っている。
それが、何よりも恐ろしかった。
「動くのね」
エルネアが言う。
「動くわ。計画は私に任せて。私の“ブラックホール”で、あの村ごと――無に還す」
ヴェリシアが、苦しげに口を開く。
「やめて……あの人は……世界を変える人……!」
「は? 囚われてる分際で、よく言えたわね」
カテリーナは笑った。
「あなたまで落ちたんだね。あーあ、本当にめんどくさいわ」
だが、ヴェリシアはその冷笑を恐れなかった。
「……健司なら、きっとあなたたちをも……変えられる」
「は?」
「カテリーナ様達は“信じること”を捨てた。でも、健司は違う。あの人は、自分が傷ついても、人を信じ続ける」
「……そういうのが、一番ムカつくのよ」
カテリーナの声が、低くなった。
「救うとか、希望とか……“そんなの無理”って言われた私たちの努力や苦しみを、まるで“間違い”だったかのように……否定するんだから」
「でもね、私の中にある空虚は、誰にも埋められない。“正しさ”なんて信じない」
カテリーナは、立ち上がった。
その背に、暗黒の魔力――“重力の闇”が揺れていた。
「終わりにしましょう。“幻想”は、壊すためにあるの」
◆ ◆ ◆
一方その頃。
南の村では、健司たちが朝の支度を進めていた。
クロエは火を焚き、リセルは近くの泉から水を汲み、ミリィは静かに空を見上げていた。
(カテリーナ様が……動く気配がする)
その気配は、風に乗って、微かにミリィの魔力に触れていた。
「……どうしたの?」
健司が声をかける。
ミリィは微笑んだ。
「いえ……何でもないです」
(この平和を、私は守りたい)
その思いが、彼女の胸に小さな火を灯していた。
そして、その想いは……やがて戦いの決断を迫るものとなるだろう。
ヴェリシアの言う通り、希望があるのなら。
それはきっと、あの青年の中に――




