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魔女達に愛を  作者: アモーラリゼ
アスフォルデの環⑥ミリィ編

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月の雫が問うもの

南の村に朝が訪れた。


鳥のさえずりと、森の奥から響く神聖獣の遠吠えが、夜の静寂をやさしく押し流していく。小屋の窓から差し込む柔らかな光に包まれて、健司たちはいつも通り、目覚めの時間を迎えていた。


「んー……朝だねー……」


ルナが欠伸をしながら布団から体を起こす。


「もうちょっと寝てたい……けど、お腹空いた」


とミイナも続く。


健司はゆっくりと目を覚まし、周囲を見渡す。クロエとリセルもすでに起きており、炉に火を入れ、朝食の準備をしていた。


「今日もいい天気だなぁ」


と健司が微笑みながら外へ出ようとしたそのとき――。


「……!」


空気が、震えた。


気配が変わったことに、クロエがすぐに反応した。


「来たわ」


「この魔力……まさか……」


リセルの声が震える。


そして――


「お久しぶりです、リセル様」


現れたのは、銀灰色の髪に紅い瞳を持つ魔女。


その姿を見たリセルは、目を見開いて声を上げた。


「ミリィ……!」


風に揺れるローブ。緊張感の中に、どこか寂しげなその面影。


クロエの顔からも、険しさが抜けた。


「……あなたが来たのね、ミリィ」


ミリィは頷いた。


「……クロエ様。私は、あなたを“正気”に戻しに来ました」


静かなその言葉に、場の空気がぴたりと凍りついた。


「……何をするつもり?」


クロエが問いかける。


「――ムーンドロップ」


ミリィがそっと手を掲げた。


その瞬間、空気が変わった。


薄い月光のような魔力が手のひらに集まり、きらきらと輝きながら空中へと放たれる。雫のような魔力がふわふわと宙に浮かび、まるで夜の静寂を再現するように、周囲の音が遠のいていく。


「これは、洗脳誘導魔法。月の雫に心を溶かされ、意識は深層へと導かれる。記憶や感情に作用し、正しい価値観を取り戻すことができます」


クロエも、リセルも、動けなかった。


だが――


「……あれ?」


ミリィが小さく声を漏らした。


魔法の雫が、健司の前に降り注ぎ、その頭上で煌めきながら、静かに――消えた。


効果が、なかった。


「……え?」


ミリィは目を見開いた。


「なぜ……? 魔法が、効かない……?」


彼女の手が小刻みに震え始める。


それを見た健司は、ゆっくりと彼女に歩み寄った。


「ミリィさん……あなた、今、少し怖がってるでしょ」


「え……?」


「この魔法が効かないことがじゃない。あなた自身が、“誰かを無理やり変えること”に、恐怖を感じてるんだ」


ミリィは一歩、後ずさった。


健司の声は、決して責めるようなものではなかった。


ただ、やさしく――けれど、真っ直ぐに彼女の心を見つめる声だった。


「ムーンドロップって、“正しい価値観”を戻す魔法なんでしょう? でも、その“正しさ”って、誰が決めるの?」


「それは……エルネア様が……」


「本当に? それがミリィさんの望む“正しさ”なんですか?」


ミリィの目が揺れる。


「あなたは……クロエさんのことを慕っていたんでしょう?」


「……はい。姉のように思っていました」


「なら、今ここにいるクロエさんを見て、本当に不幸そうに見えますか?」


ミリィは――見た。


クロエの横に立つリセル。

それを見守るミイナとルナ。

健司の隣に、自然に立つクロエ。


その姿は、確かに、どこか暖かかった。


「……あなたの本当のしたいことは、なんですか?」


健司の問いかけが、まっすぐにミリィの胸に突き刺さった。


「洗脳じゃない。支配でもない。あなたが心の奥で願っていること――それを、教えてください」


ミリィは、沈黙の中で立ち尽くした。


静かな風が吹き、森の葉がさわりと揺れる。


「……私は……」


口を開いたその声は、震えていた。


「私は、クロエ様が……幸せなら、それでいいって……思っていた」


「けど……私は何も変えられなかった。傍で見ていただけ。だから、また“組織”にすがって、正しさを信じて……自分を保とうとしていた」


「でも……本当は、そんなこと、したくなかった……!」


ミリィの目から、ぽろりと涙がこぼれた。


「私は……ただ、またクロエ様と一緒に……笑いたかった」


その言葉に、クロエが静かに近づいてきた。


「ミリィ……」


「クロエ様……」


「私は、あなたのこと、ずっと気にしてた。あなたが何を考えているのか、どう生きてきたのか。でも、強くなったわね、ミリィ。ちゃんと、自分の言葉で話せた」


クロエが手を差し出す。


ミリィは、震える手でその手を取った。


「……ごめんなさい」


「いいのよ。私たち、同じ“世界”にいたのよ」


リセルもそっと微笑んだ。


「あなたがここに来てくれて、よかった」


健司は、その様子を見ながら静かに頷いた。


(本当の心は、魔法じゃなくて、対話でしか見つからない)


そう思いながら、朝の空を見上げた。


空には、雲ひとつなく、青が果てしなく広がっていた。

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