好きって、どういうこと?
南の村に到着してから、一週間が経った。
毎日が静かで、穏やかで、時折吹き抜ける風に精霊たちが舞い、夜には神聖獣の鳴き声が月明かりに溶けて消える。
健司たちは、日々を忙しくも心地よく過ごしていた。
ミイナとルナは村の子供たちと打ち解け、果実の採り方を教わったり、焚き火の起こし方を学んだりしている。
クロエは村の魔法炉の修繕を手伝い、リセルは薬草の手入れを頼まれたりと、それぞれが自分の役割を見つけつつあった。
ある日の午後――。
村の中央の広場では、薪割りを終えた若者たちが、健司とルナたちを囲んで休憩を取っていた。
焚き火の火を囲み、木製の椅子や石に腰を下ろし、話題は自然と柔らかく、日常的なものに移っていく。
そして――ふいに、ある若者が口にした。
「なあ……お前らって、誰か好きな人とか、いるの?」
沈黙。
健司が思わず目を見開くと、ルナがすぐに答えた。
「いるよ。健司だよ!」
さらっと、まっすぐに。
「わたしもー!」
ミイナも隣で元気に手を挙げる。
村人たちがざわめき、一瞬空気が止まった。
「け、健司……って、おまえか?」
健司は目を見開き、耳まで赤くなっていた。
「え、え? ちょ、ちょっと待って……! い、いるって……な、何の話!?」
「だって、好きって言ったでしょ?」
ルナはきょとんとした顔で問い返した。
「う、うん……まぁ、言ったけど……それは、あの、家族みたいな、ええと――」
「わたしたちは本気だよ?」
ミイナが微笑みながら、頬を赤らめた。
「健司とずっと一緒にいたいし、毎朝おはようって言いたいし、夜は一緒に寝たいし、お料理も一緒にしたいし……」
「それ、“好き”ってことでしょ?」
ルナが胸を張る。
村人たちがどよめく。
「な、なんだこいつら……堂々と……!」
「いや、魔女の感情ってやつは、やっぱりすごいな……」
健司は額に手を当てた。
「うぅ……なんか、話が急に深刻に……」
その様子を、やや離れた場所で聞いていたクロエは、深く息を吐いた。
そして、リセルに視線を送る。
「……どう思う?」
「どうって?」
リセルは平然とした顔で答えた。
「好きな人がいるかって? 私はいないわ」
「私も」
クロエはさらりと答えた。
「そういうのは、落ち着いたら考える。今は……やることが多すぎて、それどころじゃない」
リセルが少し笑った。
「……でも、あの2人、本気よね」
「ええ。本気で、健司のことが好きなんだと思う」
「……羨ましい?」
クロエは少しだけ考えて――そして否定した。
「……いいえ。でも、うらやましいほど真っ直ぐね」
リセルは遠くで笑いあっているルナとミイナの姿を見て、ふっと目を細めた。
「……もし、私が“好き”って感情を口にするときが来たら……それは、もう生き方を変える覚悟がある時なのかもしれないわ」
クロエは、その言葉に静かに頷いた。
「そうね。私たちにとって、“愛する”ってことは、立場を捨てる覚悟がいる」
リセルは少し顔を伏せた。
「……健司は、たぶん、その覚悟を持ってるわ。無意識に、ね」
「それが……怖いのよ」
クロエはそっと胸に手を当てた。
「いつか……自分も応えたくなるかもしれない。だけど、それが、魔女である私を壊すかもしれないって思うと……踏み込めない」
リセルは小さく笑う。
「それでも、“好き”って感情は止められないわ」
二人は、ただ静かに火を見つめていた。
◆ ◆ ◆
その日の夜。
家に戻った健司は、ルナとミイナが横で眠るのを見届けながら、外の風にあたっていた。
クロエがそっと隣に来る。
「……今日は、ちょっと驚いたわね」
「うん……もう、どうすればいいか、わからなくて」
クロエは微笑んだ。
「でも、あなたは誠実だった」
「……そうかな」
「ええ。私は、そう思う。……私だったら、言葉にできないもの」
健司はクロエの横顔を見る。
夜風に揺れる青髪、どこか寂しげなまなざし。
「クロエは……本当に、好きな人はいないの?」
クロエは少しだけ、間を置いて答えた。
「今は、いない。でも……心が揺れる人は、いるかもしれない」
健司は、心臓が一瞬跳ねたように感じた。
「……そっか」
クロエはふっと笑って、夜空を見上げた。
「まだまだ、答えなんて出せないけどね。……でも、こうして、平和に笑っていられる日が続くなら……答えを探すのも、悪くないかもしれない」
健司はその言葉を、静かに胸に刻んだ。
(いつか、その答えが、僕の方を向いてくれる日が来るのなら――)
そして静かに、夜は更けていった。




