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魔女達に愛を  作者: アモーラリゼ
アスフォルデの環⑥ミリィ編

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選ばれし魔女、ミリィ

時は少し遡る。


深い闇に包まれた山の奥、古代の儀式場のような円形の建物。その中心に、アスフォデルの環の本拠地があった。


そこは、かつて神々が降り立ったとされる「封印の石環」。

光を拒む石の壁と、空を遮る黒い枝の天井。その空間には、六つの玉座が設けられ、かつて数多の強者たちが座していた。


そのひとつ――漆黒の玉座に、カテリーナが脚を組んで腰かけていた。


長く艶やかな白銀の髪、暗紫のドレスをまとう彼女は、退屈そうに足を揺らしながら、水晶の映像を見つめていた。


「……へえ、負けたんだ、ローザ。やばいね」


とても深刻には聞こえない口調だった。


水晶には、健司とローザが対峙し、そして彼女が“心”を動かされた瞬間が映し出されている。


隣に立っていたヴェリシアは、眉をひそめた。


「ローザは……力ではなく、言葉で倒された。信じていた“否定”を、揺るがされたの」


「ふーん。なるほど?」


カテリーナはくるくると指で髪を遊ばせながら、視線をヴェリシアに向けた。


「……ねぇ、ヴェリシア。あんた、何を隠してる?」


その瞬間、空気が張り詰めた。


「何のことかしら」


「ローザと一緒にいたでしょ。帰還が遅れた理由、どうして言わないの?」


「……報告書に記した通りです。私は傍観者に徹しました」


「うそ。あんたの目、知ってるもん」


カテリーナの声が、柔らかくも冷たく響く。


「優しい目をしてた。あれは……裏切り者の目よ」


その瞬間、足元から黒い鎖が伸び、ヴェリシアの体を絡め取った。


「……!」


「カテリーナ、やめて!」


その場にいた他の魔女たちが叫ぶが、すでに遅い。


ヴェリシアは動けず、鎖の力に抑え込まれて膝をついた。


「誤解よ……私は、健司に肩入れなど――」


「いい子ね、ヴェリシア。でも、もう少し静かにしてて」


カテリーナは指を鳴らした。


闇の渦がヴェリシアの口を封じ、彼女は抵抗を諦めるように目を伏せた。


そんな様子を、もう一人の魔女が無言で見つめていた。

その髪は灰銀、目は深い紅。


ミリィ――アスフォデルの環の中でも、影のように目立たず、しかし決して忘れられない存在。


彼女はずっと、黙ってカテリーナの横に控えていた。


「さてと……」


カテリーナが振り返り、ミリィに目を向ける。


「ミリィ。あんた、クロエのこと……まだ気にしてるよね?」


ミリィは少しだけ視線を上げた。


「……はい。彼女は私にとって……姉のような存在でした」


「うんうん、そうよねー。だったらさ、健司のとこ、行ってきてくれない?」


「……え?」


「ローザも落ちた、ヴェリシアも裏切った。私たち、ちょっと面白くなってきたじゃない?」


エルネアがその言葉に応えるように現れた。

妖艶な微笑をたたえ、細い指で水晶を指し示す。


「ヴェリシアがやられた今、次に動くのは私たち。けれど、力じゃなく、“感情”を揺らす者が必要ね」


「ミリィなら、クロエの洗脳が解けるかもしれない」と。


カテリーナは笑った。


「そうそう。ミリィって、そういう“中途半端な感情”が残ってるところが、丁度いいのよねー」


ミリィは、ゆっくりと視線を落とした。


「……私が、行けば……クロエ様が、戻ると思ってるのですか?」


「戻すか壊すか。どっちでもいいの」


カテリーナが軽く肩をすくめた。


「ただ、あんたなら、“心の揺らぎ”を引き起こせる。健司にも、クロエにも」


ミリィの中に、静かな動揺が広がっていく。


クロエが笑っていた――人間と一緒に。

優しい表情をしていた。


あれは……本物だったのか。それとも、人間に騙されていたのか。


「……行ける?」


エルネアの声が、静かに響く。


ミリィは目を閉じた。

長く、深く――そして、ゆっくりと開く。


「……はい。行きます」


カテリーナは笑った。


「いい子。期待してるわよ、“ミリィ”」


エルネアも静かに頷いた。


「ただし、忘れないで。これは、“観察”じゃない。“干渉”よ。感情に飲まれたら、帰ってこれないわ」


「わかっています」


ミリィはそう言い、静かに踵を返す。


その足取りに、迷いはなかった。


だが――胸の奥では、炎のようなものが、静かに揺れていた。


(クロエ様。あなたの選んだ道を……この目で確かめにいきます)


それが、ミリィの旅立ちだった。


再会が、懐かしさだけで終わらないことを、彼女はまだ知らない。

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