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魔女達に愛を  作者: アモーラリゼ
アスフォルデの環④再び

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待っている人

朝露の降りた草を踏みしめて、健司たちは南の村に向けて出発した。


陽はまだ低く、森の木々の間から差し込む光は淡く優しかった。鳥たちのさえずりが響き、夜の気配をやわらかく洗い流していた。


健司は最後尾から一歩遅れて歩きながら、ふと前を行くクロエを見つめた。


(……やっぱり)


彼女の背は凛としていて、いつも通りの堂々たる姿勢だったが、どこか足取りに重さがある。時折、まぶたを長く閉じては、眠気を振り払っているようだった。


健司は少し歩調を早め、クロエの隣に並んだ。


「クロエ、昨日……あんまり寝てないでしょ?」


「……どうして、そう思うの?」


クロエは視線を前に向けたまま答えたが、口元に少し苦笑が浮かんでいた。


「ちょっとした顔色と、目の動き。わかるんだ、僕、そういうの」


「……さすがね」


「無理しないでよ。ちゃんと寝ないとダメだよ」


「私は魔女よ。体力は人間よりもあるわ」


「そういうことじゃなくてさ」


健司は少し声を落とし、優しく言った。


「大切に感じてるから、ちゃんと休んでほしいんだよ」


クロエは歩く足を一瞬止めそうになったが、すぐに元に戻して進み続けた。


「……気を遣ってくれてるのね。ありがと」


「ううん。違うよ」


健司はにっこりと笑った。


「クロエには、待っている人がいるんだよ」


その言葉に、クロエの肩がほんの少し揺れた。


「……誰?」


健司は正面を見据えたまま、きっぱりと答えた。


「僕だよ」


クロエは思わず足を止めた。ルナとミイナも、それに気づいて振り返る。


健司は気恥ずかしさを笑顔で隠しながら、続けた。


「一緒に生活するんでしょ? 村に着いたら、ちゃんと住む場所を決めて、毎日ご飯作って、話して、笑って――だから、無理して倒れたりしたら困るんだよ。僕、待ってるから」


クロエは口を開きかけたが、声にならなかった。


胸の奥が、きゅっと締めつけられた。

魔女としての誇り、冷静さ、自立心――それらすべてを越えて、あたたかな想いが胸を満たしていく。


「……何を、馬鹿なことを」


ようやく出た言葉は、照れ隠しの精一杯だった。


しかしその頬は、かすかに赤く染まっていた。


そんなクロエの様子を見て、後ろから近づいてきたルナとミイナがにんまりと笑った。


「ふふ、クロエったら照れてる」


「ねえねえ、健司ー。わたしたちも健司と一緒に住むんだよね?」


「えっ……あ、うん。もちろん」


健司が返事をすると、ルナとミイナは嬉しそうに顔を見合わせた。


「やったー! 私たち、ずっと健司といっしょ!」


「ごはんも、おふろも、ねるのも、いっしょ!」


「ちょ、ちょっと待って! さすがにお風呂と寝るのは……!」


クロエが慌てて止めに入るが、ミイナはにこにこと無邪気な笑顔を浮かべて答えた。


「だって、安心するんだもん。怖い夢見たら、健司がいれば大丈夫!」


ルナも頷いた。


「それに、わたしたち……こころから信じられる人、初めてだから」


その言葉に、クロエの心にも静かに響くものがあった。


魔女として生きてきた時間。

人間に恐れられ、仲間同士でも信頼よりも力関係が優先された世界。


そんな中で、健司という人間は、何の見返りも求めず、ただ寄り添おうとする。


「……信じる、か」


クロエはぽつりと呟いた。


健司がクロエの顔をのぞき込むようにして言った。


「ねえ、クロエ。僕たち、家族みたいになれたらいいなって思ってる。血はつながってないけど、心でつながるっていうか」


クロエは少し目を伏せ、静かに頷いた。


「……そうね。まだ想像がつかないけど。あなたとなら、そういう未来も、悪くない」


「うん、ありがとう」


健司が微笑むと、ルナが手を差し出した。


「じゃあ、手つなご! みんなでいっしょ!」


ミイナもすかさず反対の手を差し出す。


「こっちも!」


健司は照れくさそうに笑いながら、その小さな手をそれぞれ取った。


そして、ルナとミイナに挟まれるようにして、三人で歩き出す。


その後ろ姿を見て、クロエはしばらく黙っていたが、やがてそっと歩み寄り――健司の袖を軽くつかんだ。


「……私も、行くわよ」


「うん」


森の奥に、南の村の入り口が見えはじめていた。


希望の町。

魔女が、人間と共に笑える場所。


まだ誰も見たことのない世界を、彼らはこれから作っていく。


一歩ずつ、着実に。

まるで、家族になるように。

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