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魔女達に愛を  作者: アモーラリゼ
アスフォルデの環④再び

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闇の中の気配

夜の森は、静寂に包まれていた。

焚き火は赤い光を吐きながら、ゆっくりとその勢いを失いつつあった。小さくぱち、と木がはぜる音だけが、静かに響く。


健司は横になり、すでに眠っていた。

その隣では、ルナが彼の袖を軽くつかみながらうとうとしており、ミイナは彼の脚元にくっつくように丸まっていた。


彼女たちの寝顔は穏やかで、まるで戦いや恐怖などまったく存在しない世界にいるかのようだった。


しかし――


クロエは眠らなかった。

焚き火のそばに座り、闇を見つめていた。


月の光が薄く照らす森の奥には、何もないように見えた。だが、クロエの心は落ち着かなかった。


(……カテリーナが動いた。なら、次に来るのは……)


彼女はゆっくりと立ち上がる。

背後で眠る三人を見やって、小さく息を吐いた。


風の向きに合わせて、そっと森の端へ歩いていく。

しばらくすると、一本の大きな木の陰に、一人の影が現れた。


長い髪をなびかせた、背の高い女性。

その体は黒衣に包まれ、夜の中に溶け込んでいた。


ヴェリシア。

クロエは彼女の姿を見るなり、淡々とした声で話しかけた。


「……来てたのね、やっぱり」


「来るなという方が、無理な話よ」


ヴェリシアは木に背を預け、静かに視線を森の奥へ向けた。

その瞳は、まるで誰かの影を探るように揺らいでいた。


「あなたも感じてるでしょう。カテリーナ様の動き。もう、このままじゃ済まされない」


クロエはうなずいた。


「……私が言うのもなんだけど、リセルの“変化”は、大きいわ。あの人の中で、今まで凍っていた何かが、溶け始めてる」


「ええ、見てた。まるで……“人間”の女のようだった」


ヴェリシアの言葉には、侮蔑でも嘲笑でもなかった。

むしろ、そこには戸惑いと、わずかな羨望さえ混じっていた。


「健司の影響よね」


クロエは焚き火の残り火に目を落とした。


「彼は特別。人の“痛み”を知ってる。誰かを救おうとするあのまっすぐさは、時に人の鎧を壊してしまう」


「……カテリーナ様も、それに気づいている」


ヴェリシアの声が低くなる。


「だから、健司に注意を払っている。いま、彼は単なる人間じゃない。“魔女の心を揺るがす者”として、存在している」


「それって……魔女たちにとって、“危険”ということ?」


ヴェリシアは、返事をしなかった。

代わりに、夜風が葉を揺らし、森の奥から梟の声が聞こえてきた。


「カテリーナ様は、強さを信じている。感情よりも、理性と秩序。だからこそ、ああまで徹底して“揺らぎ”を排除しようとする」


「私も、かつてはそうだった」


クロエの声は少しだけ遠くを見つめていた。

リセルと健司を思い出すように。


「でも、ね。最近、少しわかってきた気がするの。“揺らぐ”って、怖いけど、それが“変わる”ってことなんだって」


「……変わる、か」


ヴェリシアが微かに笑った。


「それが正しいとしたら、私たちはずいぶんと“古い”考え方をしてきたのかもしれないわね」


「変わることを恐れて、ずっと闇の中にいた。人間を信じないことで、自分を守ってきた。でも……健司は、それを壊す」


「だから、カテリーナ様は……彼を消そうとする」


クロエは眉をひそめた。


「リセルを“見逃した”のは、あなたでしょう?」


「そうよ。あのとき、殺せた。でもしなかった。……健司が庇いに飛び込んだとき、私の中で何かが変わったの」


「……それは、“希望”かしら?」


「さあ。まだわからない。でも……」


ヴェリシアは、遠くに眠る健司を見つめた。


「もし本当に、彼が魔女と人間の間に“橋”をかけようとしてるなら、私はそれを見てみたい」


「あなたがそう言う日が来るなんて、思ってなかったわ」


クロエが笑う。


ヴェリシアは肩をすくめた。


「私はカテリーナ様の命令には逆らえない。でも、すべてを信じて従うほど、愚かではないわ」


「つまり、観察を続ける、と」


「そうね。彼が“偽り”ではないなら、私も――変われるかもしれないから」


ふたりの間に、しばし沈黙が流れた。


夜が深まり、霧が少し濃くなった。


「クロエ、あなたは……このまま彼らと一緒に行くの?」


「ええ。私は健司を信じてるし、何より……ルナとミイナの笑顔を守りたいの」


「それは、魔女の“誓い”じゃないわね」


「いいの。いまの私は、魔女であって、それ以上に“ひとりの女”でもあるから」


ヴェリシアは笑みを浮かべた。


「……そう。なら、次にまた会う時まで、無事でいて」


「そっちこそ。組織での立場、危なくならない?」


「もうとっくに危ういわよ。リセルを庇った時点で、私は“疑いの目”を向けられてる。でも、それでいい」


「ヴェリシア……」


「私は、私の目で“世界”を見たいだけ。健司が見せようとしている未来が、本物かどうか」


風が、また吹いた。

今度は暖かく、草木をなでるような風だった。


クロエは微笑みながら、焚き火のそばへ戻った。

ヴェリシアは木の影に姿を消した。


眠る健司と、その傍らのルナとミイナ。

静かで穏やかなひととき――


だが、その背後で確実に、闇の波紋は広がっていた。


カテリーナの計画は止まっていない。

次の一手が、すでに水面下で動き始めていた。


それでも、クロエは信じていた。


健司なら、リセルなら、きっとこの世界を変えてくれると。

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