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魔女達に愛を  作者: アモーラリゼ
アスフォルデの環③平穏

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夜の囁き、消されゆく心

夜の帳が降りて、森はしんと静まりかえっていた。

月は薄雲の向こうに隠れ、星々が瞬く空の下。

健司たちは小さなキャンプを作り、焚き火を囲みながら一日の疲れを癒やしていた。


リセルは、その輪の少し外――

影のように静かに座っていた。


焚き火の灯りが届くところにいながら、彼女はそこにいる誰とも目を合わせようとしなかった。


(……“綺麗だね”なんて)


昼間の健司の言葉が、まだ心の中でこだましていた。


(まったく……何を考えているの、あの人は)


ほんの少しだけ、心がふわっとなった。

でもすぐに、リセルは自分に言い聞かせた。


(ルナも、ミイナもいるのよ。私は……私はもう“調停者”じゃない。ただの女になって、浮かれてるなんて――)


そう、あのときの感情は危険だ。

女として、誰かに心を許したとき、自分は取り返しのつかない喪失を味わった。


だからこそ。

もう誰にも――そう思っていたはずだったのに。


(健司って……ほんと、不思議な人……)


焚き火の方を見ると、健司がルナやミイナと布を敷いて寝る準備をしていた。ミイナがふざけて健司に闇魔法をかけたり、ルナが笑っていた。


そんな光景を見て、リセルは微かに唇を噛んだ。


(……あの光の中に私はいない。私は“影”だから)


彼女がそっと立ち上がり、森の端へと歩いたそのときだった。


「……そうよね。不思議な人だよね、あの子」


――囁くような声が、耳元に届いた。


「……!」


リセルが振り向くと、そこには一人の女が立っていた。


闇と一体化するような黒と紫のローブ。

長い銀の髪、静かな笑みを浮かべたその女――


「カテリーナ……様……」


リセルの声が震える。


「どうして……ここに……?」


「様はいらないわよ。今のあなたに、敬意を払う価値があると思ってるの?」


その声には、冷たく刺すような毒があった。


「……どういう意味」


「あなたはかつて“調停者”だった。闇の均衡を保ち、誰よりも魔女の道理を貫いていた。なのに今はどう?」


カテリーナはリセルに一歩、近づいた。


「人間の男に心を許し、笑いかけられて赤くなる。女に戻った君は、もう必要ないのよ」


リセルの背筋に、ひやりとしたものが走った。


「……始末しに来たの?」


「ええ。今夜のことは誰にも気づかれない。月は雲に隠れ、風は静か。最も始末がしやすい“夜”に、あなたがいる場所まで歩いてきたわ。すべては予定通りよ」


「……!」


リセルは一歩後退した。

その目に浮かぶのは怒りではなく、哀しみだった。


「それが、カテリーナ様の選んだやり方?」


「違うわ。これは“魔女のためのやり方”。私は“信じる者”を選んだ。あなたは“揺らいだ者”。それだけのことよ」


「……私は、揺らいでなどいない」


「そうかしら? あの青年の言葉に、少しでも“嬉しかった”って思ってしまった瞬間に、あなたは魔女じゃなく、“女”になった」


リセルは、口を閉じた。


否定できない。

確かに、心が揺れた。


健司の言葉に、過去の自分を思い出してしまった。

信じてくれた、たった一人の人。

でも、その結果が、どれほど残酷だったか――彼が命を落とし、自分だけが生き残った。


「……だからこそ、もう同じ過ちは繰り返さない」


「言葉にしても、心が違えば意味がないのよ、リセル」


カテリーナが右手をゆっくりと上げる。

空気が一変し、周囲の闇がざわめいた。

まるで空間そのものが震えているかのような、魔力の圧。


「最後の問い。――戻る? 魔女として。すべてを切り捨て、私の元へ」


リセルは、目を閉じた。


浮かんだのは、あの焚き火の光景。

健司の声。

「君の魔法は“闇”かもしれない。でも、闇は光を知ってる。だから、僕たちは共にいられる」


心に残るその言葉。温かさ。


(私は……)


「答えなさい、リセル」


リセルは静かに目を開いた。

そして、ゆっくりと首を振った。


「ごめんなさい、カテリーナ様。私は……自分の意思で歩きたい」


その言葉が落ちた瞬間――


闇が爆ぜた。


刃のような魔力がリセルに向かって放たれる。

その瞬間、リセルは魔力を全開にして構えた。


「――っ!」


交差する闇と闇。

静かな森が、一瞬にして戦場へと変わった。


その激しい魔力のうねりに――


「リセル!!」


健司の叫び声が、闇を裂いた。


焚き火のもとから駆け寄ってきたその声に、リセルはほんの一瞬だけ、気を取られた。


その隙を――


「終わりよ」


カテリーナが刃を振るった。


次の瞬間、何かが飛び込んできた。


「――ッ!」


リセルを突き飛ばし、代わりに受け止めた影――それは、健司だった。


闇の刃が彼の肩を裂き、血が飛び散る。


「健司っ!!」


叫んだのは、リセル。


彼女の中で、何かが崩れた。

決壊した。

止めようとしていた感情が、堰を切ったように溢れ出した。


「……なんで、あなたが……!」


「大事な人が傷つけられそうなのに、黙ってられるわけないだろ……」


健司は、笑っていた。


リセルはその場に膝をついた。


カテリーナは、静かにリセルを見つめる。


「ならば、次は……本気で奪いにいくわ。あなたの“大切なもの”を」


風が吹いたとき、彼女の姿はもう消えていた。



リセルは、傷ついた健司の肩に手を当て、震える手で魔法を放った。


闇ではなく、優しい癒やしの光。


「……私、もう……誰にも、こんな風に思いたくないって、思ってたのに」


健司は痛みに耐えながらも、穏やかに答えた。


「もう誰かを好きになることを……悪いことにしちゃいけないよ、リセル」


リセルは、涙をこらえながら、彼の傷口を見つめた。


そして、心に誓った。


この人は、もう誰にも奪わせない。

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