マリエ vs クロエ
リヴィエールの中心部。吹き荒れる魔力の余波が、木々を揺らし、家々の窓を震わせていた。健司は、目の前に立つマリエを見据え、拳を固く握る。彼女の背後には、捕らえられたルナとミイナが、時空間の檻に閉じ込められている。
マリエの瞳は、闇を抱いたまま、微笑むことさえ忘れていた。
「どっちを選ぶ? ミイナ? ルナ?」
静かで、深い井戸の底から響くような声だった。
健司は即答した。
「救うよ、全員」
「……どっちかしか選べないの、健司」
「そんなはずない。そんな世界、僕は認めない。マリエさん、ルネイアさんもだ」
マリエの目が一瞬大きく開かれ、すぐに怒りへと燃え上がる。
「そんなことできるはずない。私は魔女ランキング30位、時空間のマリエ!」
地面に刻むように、マリエが叫ぶ。
「――クロックバインド!」
空間が波打ち、時間の結界が弾けるように展開された。無数の時の刃が、時空の裂け目から飛び出し、ルナとミイナに襲いかかる。
2人は目を閉じた。
その瞬間――。
闇の鎖が2人を包み込み、時の刃を打ち砕いた。
「何?」
低く響く声。
マリエが振り向くと、闇を裂くようにクロエが立っていた。
黒髪を風に揺らし、怒りを押し殺した目がマリエを射抜く。
「マリエ……ここで決着だ」
闇の魔力がクロエの周囲に渦を巻き、重く、濃く、空気を染めた。
「ダークスパイラル!」
クロエの手から闇の荊が、竜巻のようにマリエへと迫る。地面を抉り、空を裂き、触れたものすべてを呑み込む魔力。
しかし、
「――クロックリワインド」
マリエの周囲の空気が逆流し、闇の荊は発動前に巻き戻されるように霧散した。
「当たらないよ、クロエ」
マリエはほほ笑んだが、その頬はかすかに震えていた。
クロエの足元から影が伸びる。
「まだよ……!」
次の瞬間、時空の刃が雨のようにクロエを襲った。
「クロックバインド!」
斬撃の嵐。避けられない密度。
だが――。
クロエの身体が闇に溶けた。
「ダークイリュージョン」
マリエの刃はすり抜け、影を斬るばかり。
いつのまにかクロエはマリエの背後に移動していた。
「クロエ!」
「マリエ!」
2人が叫んだ瞬間、空が割れるほどの魔力衝突が起きた。
黒い魔法陣と、時空の刻印が空中でぶつかり、火花を散らす。
クロエの魔力が渦巻く。
「――ダークイリュージョン・ノクス!」
闇が夜の海のように広がり、空間そのものを飲み込む。
マリエの魔法も同時に発動する。
「――クロックマジック!」
時間を切り裂く魔法陣が展開され、クロエの闇を断ち切ろうとした。
一瞬、世界が止まった。
そして――。
闇が、わずかに先にマリエへ届いた。
「……っ!」
マリエの身体を黒い魔力が包み込み、地面へ叩きつける。
膝をつき、荒い呼吸をしながらマリエは呟く。
「負け……た?」
クロエは、すぐに追撃をしなかった。
その瞳に宿るのは怒りではなく、深い悲しみだ。
「マリエ……レオンのことは、不運だった。あれは……あなた1人のせいじゃない。それでも――今ならやり直せる」
マリエは息を呑んだ。
心の奥底で何かがほどけるように、涙がこぼれ落ちた。
「健司の……力か」
その言葉に、健司は首を振った。
「違うよ。マリエさんが……本当は優しい人だからだ」
マリエが涙を流した瞬間――。
ルネイアの気配が、空気を裂いた。
「……甘いね」
低い声とともに、彼女の雰囲気が変わる。
一瞬で空気が重くなる。
「ここからが本番だよ。魔女なんて、いくらでも狩ってきたからね」
クロエが身構える。
だが――。
はるか、はるか後方から、異質な魔力が世界を揺らした。
「何……? この魔力……」
ルネイアが震え、後退する。
「西の……魔女か?」
恐怖を隠し切れず、彼女は舌打ちをした。
「……撤退するよ」
カテリーナが叫ぶ。
「逃げる気!? ルネイア!」
「またね、カテリーナ」
瞬間、ルネイアの身体は時空の裂け目に消えた。
闘いの余波が消え、静寂が訪れる。
クロエが崩れ落ちるように座り込んだ。
「……終わった」
健司は駆け寄り、彼女の手を取った。
振り返ると、ルナとミイナが泣きながら抱きついてくる。
「健司!」
「こわかった……!」
健司は2人を抱きしめた。
こうして、リヴィエールの戦いは――終わりを告げた。
だが、彼らの前には、まだ西の魔女という新たな脅威が迫っていた。




