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魔女達に愛を  作者: リーゼスリエ
クロエ編⑨マリエとクロエ

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マリエの過去――〈絶望の源〉

マリエはルネイアに向き直り、淡々と告げた。


「連れてきたよ」


ルネイアが口角を上げた。


「サンキュー。これで形成逆転だ」


ミイナとルナは腕を掴まれたまま、不安げにルネイアを見上げる。


マリエは眉をひそめた。


「形成逆転?どういう意味、ルネイア?」


ルネイアは指で広場の方向を指した。


「状況を見なよ、マリエ。あれ、見える?」


マリエは振り向いた。


シミラが――倒れていた。


衝撃が胸に突き刺さる。


「ありえない……シミラが、あのシミラが……負けてる?」


マリエの喉が震えた。


シミラは“心を開かない魔女”。

決して他者の言葉に揺らがず、感情を閉ざし続けたはずだ。


なのに、そのシミラが――涙を流し、膝をつき、健司に癒されている。


理解不能。

世界が歪むようだった。


「なんで……?」


シミラの涙がきらりと光った瞬間――


マリエの脳裏を、ある記憶が閃光のようによぎった。



あの日、マリエは新しく幹部に昇格したばかりだった。


組織の理念は単純。


――裏切られた女は、救われるべき。


――世界の幸福を壊し、男女の信頼を壊す。


――それが“平等”だと説く。


マリエは当時、その理念にすがるしかなかった。

レオンの死と裏切りを合理化しなければ、生きられなかった。


その日訪れた村は穏やかで、空気は暖かく、人々は互いに微笑み合っていた。


マリエの胸がちくりと痛んだ。


夫婦と子供が家の前で笑っている光景を目にした時、特に――。


「……幸せそう」


思わず漏れた言葉。


本当は、羨ましかった。


本当は、戻りたかった。


本当は――あんな未来を、自分も持てたはずだった。


だが、その隙を突くように後ろから声がした。


「おやおやマリエ。あれ、絶好の獲物じゃない?」


振り返るとシミラがいた。

その横にはブラッドレインも立っている。


シミラが冷たく笑った。


「あの人妻……夫が頻繁に外へ出かけてるみたいね。

浮気でもしてるんじゃない?」


ブラッドレインが補足する。


「情報だと、夫は仕事と称して外へ行くことが多い……けど、真相は不明だ。

女がいると噂してる者もいるらしい」


マリエは眉をひそめた。


「……裏切り?」


その言葉を聞いた瞬間、胸の奥の何かが刺激された。


シミラが肩をすくめた。


「だから確かめようよ。あの妻がどこまで“信じてる”のか」


三人はゆっくりと家へ近づいた。


ブラッドレインが表に立ち、シミラが窓辺に回り――。


マリエは扉を叩いた。


幼い子供が走り寄ってきた。

後ろからは優しそうな妻が現れた。


「ど、どなたですか?」


マリエは微笑んだ。


「ねぇ。あなたの夫……よく遠くに行くんでしょ?

女に会いに行ってるんだよね?」


妻の表情が変わった。


「そんなこと……ありません。夫は家族のために働いてるだけです」


マリエの胸が、また痛んだ。


――信じているんだ。


本気で、あの頃の自分と同じくらい、相手を信じている。


その純粋さが、逆に。


マリエの心の“空洞”を刺激した。


「裏切りなんて、誰だってするのよ」


「夫はそんな人ではありません!」


妻は子供を抱き寄せ、毅然としていた。


マリエは唇をかみしめた。


「信じてる、なんて……馬鹿らしい」


妻が眉を寄せる。


マリエが一歩踏み出した。


「ねぇ……選んでよ」


妻が怯えたように後退った。


「え……?」


「夫と子供。どっちを選ぶ?」


「な……何を……?」


シミラが笑う。


「ほら、選びなよ。

裏切り者の夫か、守りたい子供か」


妻は首を振った。


「選べません……。どちらも大切なんです!」


その瞬間、マリエの胸の奥に――黒い衝動がはじけた。


「……だったら……!」


怒りでもない。

嫉妬でもない。


寂しさと喪失感の混ざった、どうしようもない感情。


マリエの魔法が暴発した。


妻の腕に衝撃が走り、子供が泣き声を上げた。


「やっ……やめて!」


妻が倒れ、子供を必死で守ろうとした。


マリエは冷たく言った。


「夫は帰ってこないよ。

なぜなら――もういないから」


妻の瞳が揺れ、色が抜けていった。


絶望とは、こういうものかと初めて知った。


息が止まり、声も出なくなる。

魂が壊れ、空っぽになる。


妻は崩れ落ち――二度と言葉を発さなかった。


シミラがほくそ笑んだ。


「いいねぇ。これで同類がまた一人」


ブラッドレインは眉をひそめた。


「マリエ、やりすぎだ」


マリエの胸に、後悔が押し寄せてきた。


「……すみません……」


その時だった。


足音が――遠くから迫る。


妻の夫が帰ってきた。


その姿を見た瞬間、マリエの心臓が跳ねた。


優しそうな顔。

家族を愛していると一目でわかる男。


男が家に飛び込み――絶叫した。


「……なぜ……こんな……!」


マリエは震えながら答えた。


「ただの……遊びよ」


男はマリエを見た。


その目が。


その目が――。


殺意ではなかった。


悲しみと、深い怒りと――

妻と子を守れなかった自責そのものだった。


シミラが冷笑した。


「泣きたい?怒りたい?どっちでもいいけど、もう遅いよ」


そこに、セイラが現れた。


「あなたたち、何をしてるの?」


ブラッドレインが軽く頭を下げた。


「ただの戯れです」


セイラはため息をついた。


「まぁいいわ。マリエ、それ以上は壊さなくていい」


その時。


男の背に――影が揺れた。


マリエは知らなかった。


この男こそ、

のちの〈ホワイトヴェル四天王〉――


“死神”ベルンド

であることを。


世界最強の“妻子を奪われた男”。


彼の絶望は、その場で始まり、

のちの魔女殺しの異名になった。


そして――

マリエが、自分が壊したものの大きさを理解するのは、もっと後のことになる。



マリエは現実に戻る。


シミラの涙。

健司に癒やされ、心を開き始めた姿。


その光景が――胸に槍のように刺さる。


「あのシミラが……心を開くなんて……」


あれほど閉ざしていた彼女が。


絶望を肯定し、希望を嘲笑い続けた彼女が。


変わっている。


自分よりも先に――癒されている。


マリエの喉は震え、言葉がこぼれた。


「……そんなの、ありえない……」


ルナとミイナが不安げにマリエを見た。


ルネイアが剣を構えた。


「さぁ、マリエ。

形成は逆転した。

私たちも動くよ」


マリエは――動けなかった。


胸の奥から、知らない声がした。


“あの子たちの未来を奪うの……?

また……同じことを繰り返すの……?”


マリエは唇を噛み締めた。


心の奥で、初めて“後悔”が叫びを上げた。


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