時空間の牢獄
リヴィエールの街の外れ、小さな野原が静かに風に揺れていた。
その静寂の中で、ただひとり、淡い金色の髪を持つ魔女が踏みしめていた。マリエ。
その目は冷たく、けれどどこか焦燥を帯びていて、誰かを探し求める獣のような気配をまとっている。
「……ルナ、ミイナ。どこにいるの?」
つぶやいた声は風に溶け、空へ吸い込まれた。
彼女にとって今回の任務は、主からの命令というより“確かめなければならない答え”だった。
人間に寄り添う魔女たち。
健司と共に歩もうとする者たち。
それが本当に正しいのか――否、許されていいのか。
その答えを得るためには、まず彼女らを捕らえなければならない。
マリエは目を閉じ、空間の揺らぎに耳を澄ませた。
魔力の反応が二つ。
幼いが、特異な波長を放つ――ルナとミイナのものだ。
同時に、やわらかな声が聞こえてきた。
「ご飯作ってあげるから、待ってて」
「クロエさんのご飯、久しぶり!」
「うん!ミイナ、あのお肉の煮込みが食べたい!」
マリエの表情が微かに揺れた。
その声音は、あまりに日常的で、あまりに無防備で、あまりに――幸せそうだった。
「……見つけた」
マリエの目が細くなる。
空間が一瞬だけ軋む。
そして次の瞬間、彼女の姿は消えた。
⸻
ルナとミイナは木陰の下で談笑し、草花を摘んでいた。
ほんの一瞬、風が止んだ。
その静寂が不自然に思えるほど。
「……ミイナ?」
「ルナ?」
二人が顔を見合わせたときだった。
ズンッ――!
まるで世界が一瞬だけ裏返ったかのように、視界がゆがみ、光がねじれた。
そして、時空間の裂け目からマリエが現れた。
「こんにちは、二人とも」
「誰?」
ルナの声が震える。
ミイナの手がぎゅっと握りしめられる。
マリエは微笑んだ――だが、それは温かさの欠片もない笑みだ。
「思っていたより楽しそうね。
でも、もう終わりよ。あなたたちを迎えに来たの」
マリエの手が伸びる瞬間、ルナとミイナの身体は光の枷に包まれた。
「きゃあっ!」
「いやっ……何これっ!」
二人は抵抗しようとしたが、時空魔法は触れることすら叶わない。
重さも、熱も、痛みすらなく、ただ存在そのものを拘束する。
マリエは淡々と告げた。
「逃げなくていいのよ。
あなたたちは――私が連れていくから」
「ルナ!?ミイナ!?大丈夫!?」
クロエが駆け込んできたのは、まさにその瞬間だった。
彼女の眼に飛び込んできたのは――
光の枷に捕らえられた二人の少女、
その前に立つマリエの姿。
「……マリエ。どうして、あんたがここにいるの」
クロエの低い声は怒りと焦りで震えていた。
マリエは振り返り、楽しげに笑った。
「どうして、って……捕まえに来たのよ。
ルナとミイナを」
「そんなこと――させるわけないでしょう!」
クロエが杖を構えた瞬間。
マリエの目が冷たく光った。
「本当に撃つつもり? その状態のルナとミイナに向けて?」
クロエはハッとした。
時空間拘束は魔力を吸う。
もし攻撃すれば、反射して二人にダメージが戻る。
クロエの手が震える。
杖を握る指先が汗ばむ。
「くっ……!」
マリエはゆっくり歩み寄り、クロエの前で立ち止まった。
「あなたは優しいから、絶対に撃てない。
わかってたわ」
静かな言葉が、逆に胸を締めつける。
「ふふ……では、また」
クロエが叫ぶより早く。
マリエの姿は、ルナとミイナごと歪んだ光に飲まれ――
瞬間、消えた。
「――ルナ!! ミイナ!!」
クロエの声が虚しく森に響く。
足が震え、膝が地面についた。
「……マリエ……あんた……だけは……」
クロエの胸の奥で、怒りが黒く渦を巻いた。
魔力が暴発するほどの激情。
涙が頬を伝う。
「絶対に許さない……。
絶対に……連れ戻すから……!」
その誓いは風に乗り、遠くへ消えていった。
だが、クロエは知っている。
マリエは本気だ。
あの時空魔法は、ただの“捕獲”ではない。
逃げることは不可能。
見つけることすら難しい。
その絶望を噛みしめながらも、クロエは静かに立ち上がった。
服についた土を払うことも忘れ、ただ一点――マリエが消えた場所を睨む。
「……待ってなさい。
あんたがどんな場所に連れていったって……ルナとミイナは、絶対に取り返す」
クロエの眼が、獣のような鋭さを帯びた。
風が吹き、空が揺れる。
新たな火種は、確かに灯った。




