シミラ対ヴェリシア
ルネイアの口元が、楽しげに歪んだ。
「健司君――おしゃべりはここまでだよ。
シミラ、始めよう。戦闘開始」
「了解、ルネイア」
その言葉を合図に、シミラが音もなく動いた。
風ひとつ立てず、しかし確実に殺意だけが近づいてくる。
対峙したのはヴェリシアだった。
炎の魔女らしく、その瞳は燃えるように輝き、指先には淡い紫の炎が灯る。
「シミラ……とらえさせてもらうよ」
しかしシミラは冷たい視線を投げ返すだけだった。
「できるの? 私は反射の魔法を使うのよ。
どんな魔法も反射する。攻撃も、補助も、干渉も、ね」
余裕の笑みさえ浮かべていた。
ヴェリシアは少し息を吸うと、魔力を練り上げた。
「――ファイアジーング」
紫の炎、パープルフレイムが奔り、空気を震わせてシミラへと迫る。
しかし。
「駄目だよ」
まるで鏡面に触れたかのように、炎は跳ね返り、まったく同じ軌跡でヴェリシアへ戻ってきた。
「っ……!」
ヴェリシアはぎりぎり回避したが、額に汗が滲む。
「反射の魔法……恐ろしいね」
「ふふん。あなたの魔法が弱いわけじゃないのよ。ただね――」
シミラが指先をひらりと動かす。
「私とあなたじゃ“練度”が違う。
じゃあ、ちょっと奥義を見せてあげる」
その声と同時に、空気が変わった。
「――カウンターインパクト」
世界が揺れた。
シミラがヴェリシアの魔法を“吸い込み”、次の瞬間、倍以上の威力で撃ち返す。
爆風とともに紫炎が逆流し、ヴェリシアの炎を粉砕した。
「くっ……!」
地面に膝をついたヴェリシアに、シミラは嗤う。
「全部反射したと思った? 吸収して返すのよ。
ね? 私に勝つのは――無理」
「……っ……!」
ヴェリシアが苦痛をこらえながらも立ち上がろうとした時、ルネイアが健司に視線を向け、笑みを深めた。
「言ったでしょ? 健司君。
君の“希望”なんて、戦場では何の価値もない」
だがその時。
「……シミラさん」
健司が一歩前に出て、まっすぐ彼女を見つめた。
「所詮、夢物語だよ」
シミラが吐き捨てる。
「魔女と人間が暮らす? そんな世界、来るわけない」
「……来ますよ」
「は?」
「あなた、“返された”んですね。全部。好きな人に」
シミラの動きが止まった。
「……まさか。健司、あんた……」
「心を読む魔法じゃないですよ。ただ……あなたの目を見れば分かります」
シミラの口元が震えた。
「私に……そんなもの通じるわけ――」
「あなたの魔法は素晴らしい。でも、返すだけじゃ苦しいでしょう?
受け入れることも……大事ですよ」
「受け入れる……? そんなの――!」
シミラは、怒りで震えた。
「受け入れた結果がこれだよ!!
あんたに何が分かるの!!」
その瞬間――ヴェリシアが動いた。
「健司、下がって!」
ヴェリシアの魔力が限界まで高まり、周囲の温度が急激に下がる。
「――スケープフレイム」
静寂が落ちた。
無色。
音も光も、熱すらない炎。
ただ、空気がきしむような圧だけが広場を満たした。
「……え?」
シミラの目が初めて“迷い”を見せた。
「炎……どこ?」
「見えないものは……返せないでしょ?」
ヴェリシアの声が低く響く。
その言葉に、ルネイア以外の全員が息を呑んだ。
ラグナまでもが、目を丸くした。
「これは……カルナの炎そのものか。
見えない炎……厄介だな」
シミラは震えた。
「違う……また……私が……負けるの……?」
その目に宿った涙は、炎でも反射でもなかった。
ただ、自分を守るために張り続けてきた“仮面”が崩れ落ちた結果だった。
健司は彼女へ歩み寄り、そっと手を差し伸べた。
「大丈夫です。
受け入れることも……強さですよ」
「……健司……?」
「あなたが負けたんじゃない。
ただ、“ひとりで戦う必要がない”ってことを、知っただけです」
シミラは驚いたように健司を見つめた。
「……どうして……そんなふうに……」
「あなたの仲間を見ればわかります。
ブラッドレインさん、メルガさん、スルネさん……」
健司が彼女たちを指差す。
ブラッドレインは腕を組んだまま視線を外し、
メルガとスルネは気まずそうにうなずいた。
「あなた……本当に……」
シミラの声が震えた。
だが――その優しさを、ルネイアは許さなかった。
「……ふふ」
ルネイアが笑う。
その笑みは、優しい顔に貼り付いた冷たい仮面だった。
「なるほどね。
だからみんな、健司君の周りに集まるわけだ」
空気が一瞬で重くなる。
「でも、私は否定する。
“受け入れる”なんて幻想。
“希望”なんて欺瞞。
“変われる”なんて嘘」
ルネイアの魔力が爆発し、地面を砕いた。
「健司君……。
君の言葉は――私には一切届かない」
その瞳は深い闇。
誰も踏み入れられない絶望の色だった。
「さあ――続けようか。
ここからが、本物の“戦い”だよ」




