魔女って、みんな綺麗だね
朝霧が森の中を薄く包み込み、柔らかな光が木々の間から差し込んでいた。
春の終わりを感じさせる、心地よい風が頬を撫でる。
健司たちは南の村を目指して、森の小道を歩いていた。道は緩やかに上り、やがて開けた丘へと続いている。
「この先の峠を越えれば、村まではもう少しよ」
クロエが地図を広げながら、後方の一行に呼びかけた。
ルナとミイナは元気よく「はーい!」と返事をし、健司のすぐ後ろを小走りに進んでいた。
だが、その少し後方――
木々の陰を選ぶように歩く一人の姿があった。
リセル。黒いローブをひるがえしながら、やや距離を保って一行についてきている。
その表情は相変わらず無表情で、冷たい風のような雰囲気を漂わせていた。
とはいえ、以前のような敵意や拒絶はない。むしろ、どこか所在なさげに視線を落とし、時おり健司たちの様子をうかがっているのだった。
*
昼を少し過ぎたころ、小さな泉のある広場で一行は小休憩を取ることにした。
ルナとミイナは泉のそばで水を汲んだり、魔法で涼しい風を起こしたりして遊んでいた。クロエは木陰に座り、持ってきた保存食をほぐしていた。
健司は、ふとリセルの姿を探した。
少し離れた岩の上、木漏れ日に照らされて座っている彼女の姿があった。
リセルはローブのフードを下ろし、風に揺れる銀灰の髪をそっと抑えていた。
その横顔はどこか儚げで、しかし強い意志が秘められているようにも見える。
(……綺麗だな)
自然と、そんな言葉が健司の胸に浮かんだ。
気づけば、彼は歩き出していた。
「リセル」
呼びかけると、彼女はやや驚いたように振り返る。
その反応に健司は少しだけ笑みを見せながら、岩の前にしゃがんだ。
「えっと……なんか、こうしてみんなと旅をしてるとさ。改めて思ったんだけど……」
「……なに?」
「魔女って、みんな綺麗だね」
静寂が落ちた。
リセルの肩がわずかに揺れた。
「――な、なにを言っているの、あなたはっ!」
顔をそむけるリセルの頬が、さっと赤く染まる。
普段の冷静さはどこへやら、動揺した声が空気を震わせた。
「べ、別に私は……そんな……っ」
その様子に、泉から戻ってきたルナとミイナがにやりと笑った。
「やっぱり健司もそう思ってたんだ〜!」
「だよね〜! 魔女ってみんな美人だよね〜!」
「そ、そんな話してたの?」
「うん、昨日の夜。クロエさんと3人で、“健司は誰がタイプかな〜”って!」
「ええええっ!?!?」
リセルの動揺が最高潮に達した瞬間、クロエが木陰からクスクスと笑いながら歩いてきた。
「ふふ。ねえ、健司。それ、リセルにだけ言ったら?」
「えっ?」
「魔女って“みんな”じゃなくて、“君が綺麗だね”って言ったほうが……効果あるかもよ?」
「ク、クロエ!」
リセルがクロエに抗議するも、クロエは余裕の笑みで応じる。
「冗談よ、冗談。でも……本当に健司の言葉って、変なところで真っすぐだから驚くわ」
「えっと……でも、本気で思ってるよ」
健司は照れもせずに言った。
「リセルも、クロエも、ルナも、ミイナも……魔女ってみんな、すごく綺麗だと思う」
その言葉に、一同は不意を突かれたように静かになった。
風が吹く。木の葉がざわめき、泉の水面がきらきらと揺れる。
リセルは視線を落としたまま、小さく呟いた。
「……そういうことを、さらっと言うの、ずるいわよ」
健司は首をかしげる。
「そうかな?」
「そうよ。……私、そんな風に言われたの……初めてだから」
その声は、小さく、どこか壊れそうで――でも確かに、心の奥からのものだった。
しばらくして、リセルは立ち上がり、一歩前に出る。
「先に、歩いてるわ」
顔を見せず、そう言って森の小道を歩き始める。
その背中を見送りながら、ルナがこそっと健司に言った。
「健司……あれは、たぶん“照れてる”ってやつだよ」
「……そうなんだ」
「うん。あれでけっこう素直になってるの。たぶん、かなり特別扱いだよ?」
健司は小さく笑った。
クロエも荷物をまとめながら頷いた。
「ほんと、あの子は不器用だけど……確かに、君の言葉は彼女の心に届いてるわ」
その言葉に、健司はほっとしたように笑った。
そして、しばらく歩いた先の分かれ道で、リセルが立ち止まり、振り返った。
「……さっきは、ありがと。……その、ほんの少しだけ、うれしかった」
それだけを告げて、彼女は先へ進んでいった。
魔女たちの心を、少しずつ動かしていく健司の旅。
それは、“愛”という言葉が、ゆっくりと芽を出す旅路だった。




