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魔女達に愛を  作者: リーゼスリエ
クロエ編⑦いたずら

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205/215

孤高の魔女、ルメ。影を渡る風の囁き。

夜になったリヴィエール。

街は静まり返り、灯りのひとつひとつがやさしい呼吸のように揺れていた。


その屋根の上――誰もいないはずの場所に、黒い影がひとつ、軽やかに腰を下ろす。

月明かりを背に、微笑む女。


「ふふふ……まったく、相変わらず面白い男ね、健司って」


その女――孤高の魔女、ルメ。

誰も彼女の行動を予測できない。どこから来て、どこへ行くのか。

風のように現れ、影のように消える。

だから、人は彼女を“孤高”と呼ぶ。


「メルガもスルネも、まるで恋する少女じゃない。……ほんと、愛の魔法って怖いわね」


屋根の上で足をぶらぶらさせながら、ルネは楽しそうに笑った。


彼女の瞳は、リヴィエールの広場に集まる健司たちを捉えている。

ソレイユ、セレナ、リーネが目を覚まし、笑い合う姿。

メルガとスルネが、涙を流しながら「ここにいたい」と言ったあの光景。


――それを、ルメはすべて影の中から見ていた。


「……ふふ、いいこと思いついちゃった。セイラにちょっかい出してみようかしら」


彼女は月に向かって指を鳴らす。

その瞬間、風が渦を巻き、影が彼女の身体を包み込む。

次の瞬間、ルメの姿はリヴィエールから消えていた。



場所は変わって――ホワイトヴェル。

雪に覆われた冷たい大地。

白銀の光が、野蛮な魔女たちの砦に反射している。


ここは、野蛮の魔女の本拠地。

戦火と混乱を生き抜いてきた魔女たちの集まりであり、血と誇りに染まった場所。


広間の中央には長い石のテーブル。

その上には、無数の地図と、報告書、そして焦げた紙片が散乱していた。


その奥で、椅子に足を組んで座る女がいる。

深紅の髪、鋭い瞳、炎のような気配――セイラ。

野蛮の魔女の頂点に立つ者。


「ねぇ、ルネイア。あんたまた笑ってるの?」


「だってさぁ、セイラ様。真面目な顔してると、怖いんだもん」


ルネイアは明るい声で返す。

彼女はこの組織の潤滑油のような存在で、いつも空気を和らげていた。


その時――扉が勢いよく開かれた。


「セ、セイラ様!! たいへんな事態でございます!」


駆け込んできたのは、野蛮な魔女の一員。息を切らし、顔は青ざめていた。


「何事だ?」


セイラが低い声で問う。


「メルガ様、スルネ様が……投降なさいました」


「……何だと?」


その場の空気が一瞬で凍りつく。

ルネイアが目を見開き、テーブルの上の杯を落とした。


「嘘でしょ。あのメルガとスルネが?」


「信じられない……」


「まだ続きがございます」


報告の魔女が声を震わせる。


「2人は、リヴィエールに留まると……」


セイラが椅子から立ち上がる。

深紅のマントが翻り、周囲の空気が震えた。


「馬鹿な……メルガが? あの女は“誰も信じない”を信条にしていたはずだ」


「はい……ですが、さらに――」


「さらに?」


「2人は……健司という男に、恋をして告白した、と」


その瞬間、会議室にいた魔女たちがざわめいた。


「な、なにぃ!? あの健司とかいう人間に!?」


「狂ったのかしら……?」


「信じられない……」


ルネイアは目を丸くして笑いだした。


「ぷっ……あははは! 嘘でしょ、それ!? あのメルガが恋!?」


セイラは笑わなかった。

ただ、鋭い瞳を細め、声を潜めて言った。


「――その話、誰から聞いた?」


報告の魔女はおびえながら言葉を継ぐ。


「現地にいた者から直接……そして、もう一つだけ……」


「言え」


「2人は、“セイラ様を惚れさせるのも時間の問題”と……そう、言っていたそうです……」


……シン、と音が消えたような沈黙が落ちた。

誰もが息を潜める。


セイラの拳がテーブルに叩きつけられ、石の天板が亀裂を走らせた。


「……誰がそんなことを言った?」


「め、メルガ様と……スルネ様が――」


「違う。あの2人はそんな軽口を叩く性格じゃない」


セイラの瞳が炎のように燃え上がる。


「……ルメ」


静寂の中に、その名が落ちた。


ルネイアが目をぱちくりさせる。


「え? ルメって、あの孤高の? まさか、こんなところに――」


その瞬間、部屋の隅の影が、ふわりと揺れた。

黒い靄が形を変え、やがて人の姿になる。


「バレちゃったかぁ~。ふふっ、セイラってほんと、鋭いよね」


「やっぱりね」


セイラの声は冷たい。


「ルメ、何のつもりだ?」


ルメは肩をすくめて笑う。


「別に? ちょっとからかいに来ただけよ。ねぇねぇ、もし本当に健司があなたを惚れさせたら、どうする?」


「ありえない」


セイラの返答は即答だった。


「私は二度と恋などしない」


「ふ~ん」


ルメが歩きながら、軽く指を振る。

その周囲に小さな光の粒が舞い、セイラの過去の幻がちらりと浮かんだ。


焦げた戦場、血の香り、そして1人の青年。

その光景に、セイラの眉が一瞬だけ動く。


「やめろ」


「やっぱりね、まだ心の奥にいるんでしょ? “誰かを愛した”あなたが」


「黙れ、ルメ」


セイラの足元から黒い風が迸る。

ルメは笑いながら後ろに跳んだ。


「こわ~い。でもさ、素直じゃないところ、変わらないね。

そんなだから、仲間を健司に取られるのよ?」


その言葉に、セイラの怒気が爆発した。

周囲の空気が歪み、風の渦がルメを包む――だが、彼女の姿はそこにはなかった。


「……あら?」


セイラが周囲を見渡す。


「また消えた……」


天井の梁の上で、ルメが楽しそうに足を組んで座っていた。


「ねぇセイラ、“愛”って、燃やしても消えないんだよ。あなたも、そろそろ気づいていいんじゃない?」


「くだらない。私はそんなものに縋らない」


「ふふ、そう言うと思った。でもね――あなたの中に“愛を憎む理由”がある限り、きっとまた出会うよ。健司とね」


ルメはウインクし、風のように消えた。

残されたのは、何ともいえない空気と、静かな沈黙。


ルネイアがぼそりと呟く。


「やっぱりルメって、いちばんタチ悪いわね……」


セイラはその場に立ち尽くし、拳を強く握った。

心の奥に、消せない痛みと、微かな揺らぎが生まれていた。


「……健司、か。あの男、いずれ会うことになるかもな」


月明かりがホワイトヴェルの雪を照らし、風の女王の影を長く伸ばしていた。

その影の奥で、ルネの笑い声が風に溶けた。



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