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魔女達に愛を  作者: リーゼスリエ
クロエ編⑥アウレリアの魔法

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203/215

リヴィエールの朝 ― アウレリアと透明の魔

昼のリヴィエールは、深い霧に包まれていた。

 戦いの爪痕がまだ街のあちこちに残っている。割れた石畳、崩れた噴水。けれど、その中にも確かに“静けさ”が戻りつつあった。

 人々はようやく日常を取り戻し、魔女たちも束の間の休息を得ていた。


 健司は広場の中央で、ぼんやりと朝日を眺めていた。

 戦いの疲れが、ようやく身体にのしかかってきたところだ。

 メルガとの激闘、そしてスルネの逃亡――それらが終わったことをまだ完全に実感できていなかった。

 霧の向こうから、誰かの足音が近づいてくる。


 「……アウレリア! 一体どこに行ってたんだ!」


 真っ先に声を上げたのはカテリーナだった。

 怒りというより、心配が滲む声。

 アウレリアは静かに微笑み、霧の中から姿を現した。

 その腕には、ぐったりとした1人の女性――スルネを抱えていた。


 「スルネを……連れてきたよ。」


 その声は穏やかだった。だが、同時にどこか悲しみも混じっている。

 アウレリアの肩には血の跡があった。戦いの痕。それでも彼女は堂々と立っていた。


 健司は駆け寄り、目を見開いた。

 

「本当に、スルネを……!」


 スルネはまだ意識が薄いようだったが、しっかりと呼吸していた。

 透明の魔女――その名の通り、存在の輪郭が曖昧な彼女の身体が、今は人間のように確かにそこにあった。

 まるで「世界に戻ってきた」かのように。


 アウレリアはゆっくりとスルネを地面に降ろした。

 その動作が優しくて、誰も声を出せなかった。


 「無事だったのね……」

 

リセルが呟き、胸を撫で下ろす。


 健司がアウレリアの隣に立った瞬間、カテリーナが眉をひそめた。


 「ちょっと、アウレリア……近すぎじゃない?」


 アウレリアは、にこりと笑った。


 「カテリーナ、嫉妬? そんなに怒ってたら、健司も怖いと思うわ。」


 その一言で、場の空気が一瞬で変わった。

 リセルとクロエが顔を見合わせて吹き出しそうになる。

 ファルネーゼは咳払いして笑いをこらえ、カテリーナは顔を真っ赤にして叫んだ。


 「嫉妬なんかしてないわよっ! 私はただ……距離感の話をしただけ!」


 「へぇ、距離感ね?」

 

アウレリアの目が楽しそうに細まる。


 そのまま空気が火花を散らしそうになったところで、健司が慌てて間に入った。

 

「カテリーナ、落ち着いて! アウレリアも、からかうのはそのくらいに……!」


 アウレリアは肩をすくめて微笑む。

 

「はいはい。……けど、こうして笑い合えるの、久しぶりね。」


 誰もが少し黙った。

 戦いの連続だった。

 笑う余裕も、心を許す瞬間もなかった。

 だからこそ、アウレリアの言葉が胸に沁みた。


 その時、スルネが小さく呻いた。

 目を開け、ゆっくりと身体を起こす。

 目の前には健司、カテリーナ、リセル、クロエ、アウレリア――見慣れぬ光景だった。


 「……ここは……?」


 アウレリアが優しく答える。


 「リヴィエールよ。あなた、倒れてたの。」


 スルネは数秒黙ってから、視線を健司に向けた。

 その目に宿るのは、敵意とも迷いとも言えぬ複雑な光。


 「……捕まったけど……健司のことは、認めない。」


 その一言に、場がピンと張り詰める。

 けれど、健司は穏やかに笑った。

 

「いいよ、それで。でも、透明になるって本当にすごいね。」


 「……褒めても無駄だ。」


 スルネの表情は硬いままだ。

 しかし、その頬がわずかに赤くなっていた。

 健司は少し首を傾げて、続けた。


 「そう? でもね、透明になっても、どこにいるか分かるから。」


 「……嘘だ。」


 スルネの声が震えた。

 健司はゆっくりと目を細める。

 

「本当だよ。ずっと観察してたでしょ? 視線を感じたんだ。誰もいないはずの夜に。」


 スルネの瞳が揺れた。

 その言葉に、彼女の中で何かが静かに崩れた。

 ――誰も、自分に気づいたことなどなかった。

 彼が初めて、それを“感じた”と言った。


 「……まだ認めない。でも……信じるのも、悪くないかもな。」


 そう呟いたスルネの頬に、ほんのわずかな笑みが浮かんだ。

 それは儚いけれど、確かに“心”を持つ笑顔だった。


 カテリーナが呆れたようにため息をついた。

 

「もう、なんなのよ。みんな健司に甘すぎ。」


 「ふふ、愛の魔法よ。」

 

アウレリアが言うと、リセルとクロエが笑い出した。

 

「確かにね。健司の周りだけ、いつも空気が柔らかいんだもん。」


 「違うよ……!」


 健司は顔を赤らめ、手を振った。

 それを見て、今度こそ全員が笑った。


 戦いの余韻がまだ残る空の下。

 誰もが、束の間の安らぎを味わっていた。

 メルガが見つけた“心”。スルネが触れた“認知”。

 そのすべてが、ゆっくりとリヴィエールに流れ込んでいく。


 ブラットレインが空を見上げながら呟いた。

 

「……なんだか、不思議ね。あれだけ敵だったのに、今はこうして一緒にいる。」


 ファルネーゼが頷く。


 「心って、不思議なものね。光でも闇でもなく、人が人である証。」


 リセルがにっこり笑い、カテリーナが頬を膨らませ、アウレリアが静かに微笑む。

 その中央で、健司はスルネを見た。

 スルネもまた、透明ではなく、確かにそこにいた。

 光の粒が差し込み、彼女の姿を淡く照らした。


 「……ねぇ、健司。」


 スルネが小さく言った。


 「私がもし……また透明になっても、見つけてくれる?」


 健司は少しだけ考えてから、穏やかに答えた。

 

「見えるよ。どんなに姿が消えても、ちゃんと“いる”って感じるから。」


 スルネは、目を伏せて笑った。

 その笑顔が、光に溶けていくようだった。


 その日、リヴィエールの街に久しぶりの陽光が差し込んだ。

 霧が晴れ、瓦礫の間を風が通り抜ける。

 遠くで子どもたちの笑い声が聞こえた。

 その音に、誰もが少しだけ涙ぐんだ。


 ――戦いは終わらないかもしれない。

 けれど、この瞬間だけは確かに、愛と平和がそこにあった。


 スルネの声が最後に響く。

 

「……悪くないな、こういうのも。」


 その言葉に、魔女たちはみんな笑った。

 穏やかな風が吹き抜け、朝の光が彼らを包み込んだ。

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