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魔女達に愛を  作者: リーゼスリエ
クロエ編⑥アウレリアの魔法

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201/219

透明の魔女、スルネの逃亡

戦いの後の静寂が、リヴィエールを包んでいた。

 霧は晴れ、空には太陽が眩しかった。

 あの魂の渦――メルガの魔法の名残は、もうどこにもなかった。


 健司は崩れ落ちたメルガの傍に立ち、息を整えていた。

 仲間たちは周囲に集まり、誰もが警戒を解こうとしなかった。

 だが――その場の空気を裂くように、低い声が響いた。


「……メルガが、認めただと?」


 皆の視線が、声の主の方へ向いた。

 そこに、黒い風のような影が揺らめく。

 透明の魔女――スルネ。


 彼女は姿を半ば透かしたまま、呆然と立ち尽くしていた。

 その瞳には、怒りとも悲しみともつかぬ光が宿っていた。


「あり得ない……。魂の魔女が、“愛”なんて言葉に屈するわけがない……。」


 メルガは力なく笑った。


「スルネ……私もそう思っていた。でも……違ったよ。

 “愛”は恐怖よりも、ずっと重かった。」


「黙れ!」

 

スルネの声が響く。

 空気が震え、砂塵が巻き上がる。


「あなたまで……あの人間の言葉に惑わされるなんて……!」


 健司は静かに歩み出た。


「惑わされたんじゃない。救われたんだよ。」


 その言葉に、スルネの肩がびくりと震えた。

 だが、すぐに吐き捨てるように言い返した。


「救い?人間が?笑わせるな。

 おまえたち人間が、私たち魔女を“見なかった”んだ!」


 その言葉に、健司は小さく頷いた。


「そうかもしれないね。

 でも、スルネ――君は“見てもらえなかった”んじゃないのか?」


「……何を言っている?」


「君の魔法、“透明化”――スケープ。

 それは、好きな人に“誰かわかってもらえなかった”から生まれたんじゃないの?」


 スルネの表情が固まった。

 彼女の目がわずかに揺れ、唇が震える。


「黙れ……」


「君は、勇気を出して告白した。でも、相手は君のことを誰かわからなかった。

 あんなに話したのに。」


 その言葉に、スルネの瞳から光が消えた。

 彼女の身体が、ふっと透明に変わる。


「黙れええええええっ!!!」


 怒号とともに、剣閃が走った。

 透明の軌跡が空気を裂き、健司へと突き刺さる。

 しかし、その一撃は弾かれた。


 リセルが前に出て、魔法陣を展開していた。

 彼女の瞳は、迷いなくスルネを見据えていた。


「おまえの攻撃、わかってるよ、スルネ。」


 スルネは驚愕した。

 透明化したはずの自分の動きを、完全に見抜かれたのだ。


「どうして……見える?」


「心が見えてるのよ。」

 

リセルの声は静かだった。


「あなた、戦ってる時もずっと泣いてる顔してた。」


「やめろ……やめてくれ!」

 

スルネは叫び、再び姿を消した。


 風が走り抜け、彼女の気配が遠ざかっていく。

 残ったのは、黒い靄と震える空気だけ。


 その場に残ったメルガは、地面に手をつきながら呟いた。


「……行ってしまったか。」


 健司はスルネが消えた方をじっと見つめていた。


「彼女は……まだ、自分を許せないんだ。」


「許せない?」

 

ミリィが問う。


「自分を“見てもらえなかった”過去を。

 でも、本当は誰よりも“見てほしかった”んだ。」


 その言葉に、メルガが小さく笑った。


「そうだね。あの子は……私よりも、ずっと純粋だよ。」


 やがて、ゆっくりと歩いてきた影があった。

 長い赤髪を揺らしながら――ブラッドレインが姿を現した。


「終わったみたいね。」


 彼女は静かに辺りを見回し、リーネの眠る姿を確認した。

 そして、倒れたメルガの前に膝をついた。


「メルガ……あなたが、負けを認めるとは思わなかった。」


 メルガはかすかに笑い、肩で息をした。


「そうだね……。でも、愛を知ったからね。」


「愛、ね。」

 

ブラッドレインは目を細めた。


「そんな言葉、あんたの口から出るとは思わなかったわ。」


 メルガはゆっくりと夜明けの空を見上げた。

 太陽光が街を照らしていく。


「私ね、ずっと魂だけが本当だと思ってた。

 でも違った。魂は“心”がなきゃ、ただの抜け殻なんだ。」


 ブラッドレインは沈黙したまま、それを聞いていた。

 風が吹き、二人の髪をなでた。


「……あの子は?」


 ブラッドレインが問う。


「スルネなら……逃げたよ。」

 

メルガの声は穏やかだった。


「でも、いつか戻ってくる。きっと、“自分”を取り戻したいと願う時に。」


「そう……」

 

ブラッドレインは立ち上がり、遠くを見た。


「なら、あの子の居場所は残しておく。」


 健司はその背中を見つめながら、言葉をかけた。


「ありがとう、ブラッドレイン。」


 彼女は振り返り、ほんの一瞬だけ笑った。


「礼なんていらないわ。

 でも――あんた、本当に不思議な人間ね。」


「不思議?」


「魔女の心を動かす人間なんて、初めて見たよ。」


 それだけ言って、彼女は自分の部屋がある建物へ戻っていった。


***


 そのころ、森の奥深く。

 スルネは膝をつき、荒い息を吐いていた。

 透明化が切れ、身体が現れる。


 彼女の頬を、一筋の涙が伝っていた。


「……見てもらえなかった。

 ずっと、誰にも……。」


 夜明けの光が木々の間から差し込み、彼女の身体を照らした。

 スルネは手のひらを見つめた。

 そこに、自分の姿が映る。


「……見える。私、まだ……いる。」


 そう呟き、彼女は森の奥へと歩き出した。

 その背に、かすかに朝の風が吹く。


 逃亡の果てに、彼女が何を見るのかは、まだ誰にも分からなかった。


***


 リヴィエールでは、メルガが仲間たちのもとで休んでいた。

 健司が近づき、彼女に問いかける。


「メルガ……スルネを、どうするつもり?」


「放っておくよ。」

 

メルガは目を閉じたまま答えた。


「彼女は私の“過去”そのものだから。

 私が変わったように、彼女もきっと、いつか変わる。」


「信じるんだね。」


「信じたいんだ。あの子の“心”をね。」


 朝日が昇りきり、街に新しい光が降り注ぐ。

 その光の中で、メルガは微笑んでいた。


 かつて心を失った魔女が、いま、愛を信じようとしている。

 そして――もう一人の魔女、スルネが、孤独の森でその言葉の意味を探し始めていた。

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