魂に触れた日 ― メルガ対ミリィ ―
街を包む霧が、まるで生き物のように蠢いていた。
空は血のような赤。
魔女メルガが放った「魂の風」が、街全体を覆っていた。
「メルガ……何をする気だ?」
健司が問う。
メルガは微笑した。その瞳は冷たく、どこか哀しげだった。
「健司。あなたは“愛”を語ったね。
この世に愛があるって、本気で信じてるの?」
「あるさ。」
健司の答えは、短く、迷いがなかった。
「なら――見せてあげる。」
彼女が手をかざした瞬間、空気が軋んだ。
霧が渦を巻き、黒い光が街の中心に凝縮する。
「愛なんてものが本当にあるなら、
これを止めてみせなさい。」
メルガの声が響いた瞬間、三人の魔法が同時に発動した。
太陽、月、そして回復。
それぞれの魔法が融合し、嵐のように健司たちへ襲いかかる。
爆発の音。
瓦礫が飛び、地面が裂ける。
健司達は咄嗟に防御結界を張ったが、力の余波で弾き飛ばされた。
「くっ……!」
彼の肩を支えたのは、ミリィだった。
その瞳には、決意の光が宿っていた。
「私が証明してあげる。愛が、あるってことを。」
メルガが冷笑した。
「小娘が……笑わせないで。おまえも魂の餌食になるだけ。」
ミリィは静かに一歩、前に出た。
「――ラブ・コントロール。」
空気が一瞬、柔らかく震えた。
それは攻撃ではなかった。
花が咲くような、優しい波動。
メルガの放った魂たちが、その場で止まった。
ソレイユ、セレナ、リーネ――その瞳に微かな光が戻る。
「何……? 動かない?」
「ラブ・コントロール。」
ミリィが言った。
「愛が溢れている状態になる魔法よ。
相手は、動けなくなるの。」
メルガは唇を噛んだ。
「そんな馬鹿な……!」
次の瞬間、彼女の周囲に黒い光が溢れた。
「魂の鎖」がミリィに向かって伸びる。
だが――ミリィの瞳が一瞬だけ輝いた。
「――マインド・ラブ。」
柔らかい光が、メルガを包んだ。
それは暖かく、痛みをもたらすような優しさだった。
「……な、何……これは……?」
「あなたに“愛を与える”暗示よ。」
ミリィの声は、どこか遠くで響くようだった。
「あなたが否定した“心”を、見せてあげる。」
世界が歪む。
メルガの視界が白く染まり――気づけば、そこは見知らぬ場所だった。
***
風が吹く。
丘の上に、健司が立っていた。
その周りには、数多の魔女たち――カテリーナ、アウレリア、アナスタシア、フラム、そしてソレイユがいた。
皆が笑っていた。
戦いの後でも、痛みの中でも、彼らは笑っていた。
互いに信じ、支え合い、時にぶつかりながら、それでも繋がっていた。
その姿は、メルガには眩しすぎた。
「……これが、愛?」
メルガは呟いた。
「でも、まやかしだ。いつか裏切られる。壊れるだけだ。」
その時、声がした。
「本当にそう?」
振り返ると、そこに若い頃の自分――まだ魔女になる前のメルガが立っていた。
白い服を着て、優しい目をしていた。
「あなた、本当は羨ましいんだよね。」
「な……にを言ってる。」
「心から繋がってる人たちが。
誰かと笑い合えることが。
本音で話せる関係が――羨ましかったんでしょ?」
その言葉が、胸を貫いた。
メルガは息を呑み、膝をついた。
「心……そうか……私が本当に欲しかったのは……」
言葉にならない感情が、胸の奥から溢れ出した。
温かくて、苦しくて、懐かしい。
カーツリッチの顔が浮かぶ。
失われた街、あの日の風、白い花。
「感情が乏しい」――あの言葉が、遠い記憶の奥から甦る。
彼女の頬に、初めて涙が伝った。
***
現実に戻る。
メルガは膝をつき、震える手で顔を覆っていた。
ミリィは静かに立ち、健司は彼女を見つめていた。
「21位の魔女、メルガ……」
彼女は震える声で言った。
「私は……初めて、心を知ったよ。」
涙が頬を伝い、地に落ちた。
その涙は、まるで光の粒のように輝いていた。
「羨ましかったんだ……健司。
本音で話し合える関係が。
誰かに“わかってほしい”って、ずっと思ってたんだ……」
ミリィがそっと彼女に近づき、肩に手を置いた。
「誰だってそうよ。
でも、気づいたなら……それでいいんだよ。」
メルガは微笑んだ。
弱々しく、けれど確かに“人間らしい”笑顔だった。
「……ありがとう。あなたの“愛の魔法”、負けたよ。」
その言葉とともに、メルガの身体を包む黒い光が消えていった。
魂の鎖がほどけ、霧が晴れる。
リヴィエールの空に、朝日が戻ってくる。
静寂の中で、メルガは立ち上がった。
そして、健司を見つめて言った。
「あなたたちの言う“愛”――
もう少しだけ、信じてみてもいいかもね。」
その瞳には、わずかに光が宿っていた。
それは、何年ぶりに取り戻した“心”の光。
ミリィは微笑み、健司も静かに頷いた。
夜風が吹く。
月が彼女の涙を照らし、淡く輝かせた。
魂の魔女メルガ。
彼女は、愛の中で――初めて、生き返った。




