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魔女達に愛を  作者: アモーラリゼ
アスフォルデの環③平穏

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戻る者、揺らぐ者

薄暗い空間の中心に、巨大な水晶が浮かんでいた。


その水晶の中では、まさに今、健司がリセルの手を握る瞬間が映し出されている。魔力を通じて過去と現在を映し出すこの水晶は、アスフォルデの環の塔の中にある「真視の間」の奥、禁じられた部屋にのみ存在していた。


その水晶の前に立つのは、魔女たちの中枢を束ねる存在――エルネアだった。


「……手を取ったか」


静かに、吐き出すような声でつぶやく。


エルネアの瞳には、怒りとも焦りとも違う、深い戸惑いの色が浮かんでいた。

その横にはヴェリシアとローザが控えている。


「まさか……リセルまで。まさか、あのリセルが人間と共に行動するとは」


ヴェリシアが震えるように言った。


「ありえない……信じられません」


ローザの声には怒りが滲む。


「彼女は一度も人間を信じたことなんてなかったのに……!」


エルネアは水晶から視線をそらし、ゆっくりと玉座に腰を下ろした。


「リセルが揺らいだのではない。あの青年……健司が、揺らがせたのだ」


「健司……」


ヴェリシアはその名を呟く。心のどこかに残る、彼の言葉と眼差しが消えなかった。


「予想以上に、厄介な存在ね」


エルネアは冷静に言った。


「一人の青年にこれほど魔女たちが惹かれるなど、想定していなかった。彼は、“魔女の敵”にはならない」


沈黙が落ちた。


「……だからこそ、危険だというのですね」


ヴェリシアが言った。


「ええ。彼は敵ではない。だが、秩序を崩す存在だ。私たちの築いてきた“魔女の守り”を、信頼とやらで溶かしていく」


その時――扉が静かに開いた。


部屋の空気が一変した。


現れたのは、黒いフードの女性。

長い銀髪が背中を流れ、その気配は森の奥深くの静けさのようだった。だが同時に、その内に秘められた魔力の密度は、他とは比較にならない。


「……帰ったのね」


エルネアが口を開いた。


「ええ」


その女性――アスフォデルの環の長、カテリーナが静かに頷いた。


カテリーナは数ヶ月ぶりに、谷に戻ってきたのだった。


「遠征調査はどうだった?」


エルネアの問いに、カテリーナは真っ直ぐに水晶を見つめながら答える。


「北の地では、人間の開拓が進んでいた。魔力の高い地を無造作に開発している。魔女の痕跡を消そうとするように」


「つまり……敵意は今も健在というわけね」


「少なくとも、“知らない”から排除する、という思考は変わっていないわ」


カテリーナは水晶の中に残っていたリセルと健司の姿を見て、眉をわずかにひそめる。


「この青年が……健司?」


「そう。いま、魔女たちの中で密かに名を広げつつある“希望”のような存在よ」


「希望、ね」


カテリーナはその言葉を反芻し、微笑むように言った。


「それが灯火になるか、それとも……燃え広がる炎になるか」


「カテリーナ」


エルネアの声が、少しだけ低くなる。


「私は、彼を放置するつもりはない。あまりに心を揺らす者は、秩序を壊す」


「……排除するの?」


エルネアは答えなかった。ただ、玉座に肘をつき、水晶を見つめる。


「私たちが守るべきは、魔女の未来。だとすれば、あらゆる“可能性”に対して備える必要がある。彼を利用するか、潰すか――今は、その見極めの段階よ」


カテリーナは頷いた。


「ならば、私も近くで見よう。アスフォデルの環の者として。新たな炎が、私たちを照らすのか、焼くのか……確かめる価値はあるわ」


「いいでしょう」


エルネアは微笑むが、その笑みは凍てつくように冷たかった。


「あなたの目で、見届けて。そして、必要とあれば……」


「ええ。その時は、私の手で」


部屋の空気が重く沈む。

新たな駒が動き出したことを、誰もが感じていた。


だが、その未来はまだ霧の中。


健司たちはまだ何も知らず、ただ希望の地を目指して歩いている。

その先に、待ち受ける“現実”と“試練”を迎えるとも知らずに。

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