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魔女達に愛を  作者: リーゼスリエ
クロエ編⑤ミリィ対メルガ

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199/215

魂の始まり ― メルガの記憶 ―

健司の言葉を聞いて、メルガは、じっと手を見つめていた。

 この手で、どれだけの魂を奪ってきたのだろう。

 どれだけの命を消してきたのだろう。


 そして――どれだけの愛を、自分の手で壊してきたのだろう。


 その時、彼女の心はふと遠く、失われた街を思い出していた。


***


 昔――まだ「魂の魔女」と呼ばれる前。

 メルガは、ごく普通の人間の女だった。


 名前も、笑顔も、夢も持っていた。

 彼女が住んでいたのは、穏やかな丘の街。花畑が広がり、夕暮れになると鐘の音が響くような、美しい街だった。


 彼女はその街で働いていた。薬草を調合する仕事。

 病気の人々を癒し、子どもたちには薬草の匂いを嗅がせて笑わせた。


 ――そんな日々の中で、好きな人ができた。


 彼の名は、カーツリッチ。

 少し不器用で、でもいつも真っ直ぐな瞳をしていた。

 彼はよく薬草屋に顔を出しては、花の香りの話をしたり、天気の話をしたりしていた。

 何気ない会話。それが心を温め、日々の小さな光になった。


 彼と話すたび、胸がふわりと浮く。

 笑い声を聞くだけで、1日が柔らかく色づいた。

 ――それが、恋だと気づいたのは、ある春の午後だった。


 白い花が風に舞って、カーツリッチの髪にひとひら落ちた。

 メルガは無意識に手を伸ばし、その花を取った。

 指先が触れた瞬間、心臓が跳ねた。

 その鼓動が、彼女の決意を決めた。


 ――告白しよう。


 夜、街の外れの丘に呼び出した。

 星がよく見える場所。

 風が花の香りを運ぶ中、メルガは深呼吸をした。


「ねぇ、カーツリッチ。私、あなたが――」


 最後まで言う前に、彼の表情が曇った。


「ごめん、メルガ。」

 

彼の声は優しかった。でも、その優しさが刃のように刺さった。


「たぶん、君のことを悪く言うつもりはないんだ。ただ……」


 メルガは震える唇で、続きを待った。


「感情が乏しいって言うのかな。

 君と話してると、心がないように感じるんだ。」


 風が止まった。

 胸の奥で、何かが音を立てて崩れた。


「……心が、ない?」


「違う、そういう意味じゃ――」


 でも、その言葉は届かなかった。

 涙が出る代わりに、何も感じなかった。

 ただ、世界が急に色を失っていくのを見ていた。


 メルガの恋は、儚く散った。


***


 それから、何かが壊れた。

 誰とも話さなくなり、仕事にも行かなくなった。

 家の中で、ただぼんやりと空を見て過ごした。


 夜になると、聞こえる気がした。

 誰かの心の声。

 

「どうして泣かないの?」

 

「どうして怒らないの?」

 

「どうして、そんなに静かでいられるの?」


 その声が、頭の奥を締めつけた。

 やめて、と叫んだ瞬間――空気が震えた。


 街全体が、何かに吸い込まれるように静まり返った。

 目を開けたとき、メルガの足元にあったのは、無数の光。

 小さな魂の欠片だった。


 彼女の魔法が――発現した。

 「ソウル・リバインド」――魂を縛り、奪う力。


 だがその瞬間、彼女の中で、何かが壊れてしまった。

 愛する人の顔が思い出せなくなった。

 誰もいない街の中で、メルガは膝を抱え、空を見上げた。


「……心がない、か。」


 その言葉だけが、永遠に残った。


***


 それからのメルガは、破壊者として生きた。

 初恋に似た人を見かけるたびに、胸が苦しくなった。

 その痛みを消すように、村を滅ぼした。

 魂を奪えば、静けさが訪れた。

 心が痛む代わりに、誰もいなくなった。

 それが彼女にとって、唯一の安らぎだった。


 そんな日々を続け、五つ目の村を滅ぼした夜――彼女は出会った。


「あなた、いいね。」


 柔らかく、それでいて毒のような声が背後から聞こえた。

 振り返ると、月明かりの下に立っていたのは、白銀の髪をなびかせた女。

 セイラだった。


 その隣に、金の髪の女がいた。ルネイアだ。


「私ほどではないけど、あなたも壊れてるね。」

 

セイラは笑った。


「壊れた人間って、好きよ。壊れ方に“品”があるもの。」


 その笑みの奥に、深い闇があった。

 メルガは一瞬で悟った。

 この女は、自分より遥かに――深く壊れている。


 次の瞬間、空間が裂けた。

 セイラの魔法が放たれた。

 光でも闇でもない、純粋な破壊の魔法。

 地がえぐれ、空が悲鳴を上げる。


 メルガは全力で対抗した。魂を縛り、光を吸い、攻撃を受け止めようとした。

 だが、セイラの魔力は桁違いだった。

 一撃で、メルガの結界は砕けた。


 そして、セイラが微笑んだ。


「悪くない。あなたの魔法、いいわ。人の魂を縛るなんて、なかなか狂ってる。」


 膝をついたメルガは、初めて「恐怖」を感じた。

 これが――魔女。

 これが、“心の闇”の化身。


「どう? 来る?」

 

セイラが手を差し出した。


「野蛮な魔女って組織があるの。あなたみたいな女、歓迎よ。」


 その声には、奇妙な安心感があった。

 誰にも理解されなかった言葉を、初めて理解してくれたような。

 “あなたも壊れてる”――それだけで、救われた気がした。


 メルガはその手を取った。


***


 それから、彼女は“野蛮の魔女”となった。

 魂を縛る力は、セイラのもとで磨かれ、冷酷な兵器となった。

 人の痛みを理解しない代わりに、誰の涙にも動じなくなった。

 それが、彼女の“生き方”になった。


 ――だが今。


 メルガはふと、あの丘の風を思い出した。

 

「感情が乏しいって言うんかな? 心がないように感じるんだよね。」


 その言葉が、まだ胸に残っていた。

 何年経っても、消えなかった。


 メルガはそっと呟いた。


「……だったら、あの人間が間違ってたことを証明してみせる。」


 けれど、その声はどこか震えていた。

 自分でも気づかぬまま、心の奥に――小さな温もりが残っていることに。


 それは、かつて恋をした少女の名残。

 メルガという“魂の魔女”の、唯一残った“心の欠片”だった。


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