リーネ vs メルガ ― 心の戦場 ―
夜風がリヴィエールの石畳を撫でていた。
月は雲に隠れ、星さえも息をひそめる。
そんな夜に、ひとり、足音を刻む影があった。リーネだった。
昼の喧騒が嘘のように静まり返った街で、彼女は歩いていた。
眠れなかった。セレナが倒れ、ソレイユもまだ目を覚まさない。
その現実が胸の奥を焼いていた。
自分は何もできなかった。ただ、守ると言いながら、誰も守れていない。
そんな思考の底に沈みかけたとき――。
「夜の散歩か。優雅だね、リヴィエールの魔女。」
冷たい声が闇の奥から響いた。
リーネが顔を上げると、月を裂くように黒い影が現れた。
メルガ。魂の魔女。野蛮の幹部のひとり。
「あなたが……魂の魔女ね。」
「私が何者か、もう知っているのね。面倒が省けた。」
メルガの瞳が闇の中で赤く光った。まるで誰かの悲鳴を映しているかのように。
「仲間が一人、また一人と倒れていく。絶望だろう?」
その声には同情ではなく、乾いた愉悦があった。
「絶望?」
リーネは静かに微笑んだ。
「あなた、野蛮な魔女らしい考え方ね。でも、私たちは――愛に生きる。」
その言葉に、メルガの眉がピクリと動いた。
「……愛? またそれか。」
唇が歪み、殺気が滲む。
「どいつもこいつも“愛、愛、愛”。そんなもの、恐怖の前では無意味だ!」
リーネは目を伏せた。
「そう言うあなたが一番、恐れているんじゃない?」
「……何?」
「“誰にも愛されなかった自分”を。」
その瞬間、メルガの指先に黒い光が宿った。
「黙れ……!」
大地が震え、闇の波動がリーネを包み込む。
「ソウル・クラッシュ!」
魂を揺らす衝撃波が放たれた。
しかし、リーネの姿は揺れながらも、崩れなかった。
胸の前に、淡い光が生まれていた。
それは彼女の魔法――《アンチ・ハート・ヒール》。
「あなたの攻撃、痛いわ。でもね――」
リーネの瞳が光を帯びた。
「私が感じた痛みは、あなたにも返す。」
光が爆ぜた。
メルガの目の前に、無数の記憶が流れ込む。
健司の声。リーネの涙。彼が差し伸べた手。
あの瞬間――彼女が救われた夜。
メルガの表情が揺れた。
その光景を見ながら、リーネの声が届く。
「見える? これが私の“痛み”であり、“愛”なの。」
「……やめろ!」
「あなたは恐怖しか知らない。だから、人の想いを恐れる。」
「違う! そんなもの、幻だ!」
メルガは両手を広げた。魂の鎖が空間を裂く。
「ソウル・リバインド!」
黒い鎖がリーネの胸を貫いた。
その瞬間、光が弾け、リーネの体が崩れ落ちる。
「リーネ!」
誰の声でもない。風の音のように、メルガの心の奥で何かが叫んだ。
リーネの身体が地に横たわり、静かに息をしていた。
それを見下ろしながら、メルガは拳を震わせた。
「……くだらない。効かないと言っただろう。」
だが、彼女の胸の奥に残る違和感が消えない。
心臓の鼓動が乱れる。
見えない何かが、心の奥でまだ脈打っている。
「この感情……何だ……?」
メルガは膝をつき、胸を押さえた。
中に流れ込む“他人の記憶”が、痛みを持って彼女を刺す。
健司がリーネに語りかける姿。
「もういい、リーネ。君は一人じゃないよ。」
――その声が、なぜか心に沁みた。
「やめろ……!」
メルガは叫び、空を睨んだ。
「信じない! 愛なんて……信じない!」
その声を遮るように、背後から足音がした。
スルネだった。
「大丈夫か、メルガ?」
「大丈夫だ。」
メルガは立ち上がったが、その声にはわずかな震えがあった。
「……だが、これで三人目だ。」
「セレナ、ソレイユ、そしてリーネ……」
スルネが呟く。
「彼女たちは止まらない。きっと、あの男がいる限り。」
メルガは静かに顔を上げた。
リーネが倒れたまま、微笑んでいた。
夢を見ているような穏やかな顔で。
メルガの拳が震えた。
「……なぜ、そんな顔ができる……。」
「愛、か。」
スルネが空を見上げた。
「私には理解できんが、あの女は本気だった。」
メルガは何も言わず、リーネの前に膝をついた。
手を伸ばしかけて、止めた。
触れたら、何かが壊れそうで――。
「……スルネ、行こう。」
「ああ。」
彼女たちは夜の闇に消えた。
だが、メルガの胸の奥に残る痛みだけは、消えなかった。
まるで、誰かがその心に“灯”をともしたかのように。




