セレナの魂
セレナの目に、決意の光が宿る。
「虚しいね、あなた達は」
その言葉に、スルネの表情がわずかに歪んだ。
「何だと?」
「愛を知らないわけじゃない。けれど、途中で諦めた。
あなた達は“信じる”ことをやめたの」
セレナが杖を構えた瞬間、空気が震えた。
湖面が光り、月光が集まっていく。
「ムーンライト・パワー!」
白銀の光線が放たれ、スルネの姿を包んだ。
だが、スルネは微笑んだまま、姿を消した。
「……消えた!?」
背後から声がした。
「残念ね、それはただの光よ」
スルネの手が、セレナの肩をかすめた。
透明化――“スケープ”の魔法。
空間を歪め、光そのものに溶ける能力。
「何が虚しいものか。おまえだって、そうだろ?
愛を信じるだなんて、滑稽だよ」
「違う!」
セレナが叫んだ。
その叫びには涙が混じっていた。
「私は、諦めない。
誰かを信じることをやめたら、それこそ……本当に虚しい!」
杖が再び輝く。
月光が空を裂いた。
「ムーン・レボリューション!」
夜空に円形の魔法陣が広がり、数百の光の矢が放たれた。
スルネの影を切り裂く。
爆光が走り、湖面が吹き上がる。
しかし――。
スルネは再び姿を消していた。
彼女の声が、月光の中に響く。
「残念。見えてるものだけが全てじゃない」
音もなく、セレナの頬を剣が掠めた。
血が一滴、月光に照らされる。
セレナは驚いた。
「剣……!? 魔女が……剣を?」
スルネは無言で剣を構える。
その動きは静かで、美しかった。
まるで“影が舞う”ような剣技。
「見せてあげる。これが剣術よ」
スルネが踏み込んだ。
金属音が鳴り、火花が散る。
セレナは咄嗟に魔法障壁を展開した。
「ムーン・プロテクト!」
透明な盾が彼女を包む。
スルネの剣が触れるたびに、光が弾けた。
「剣技で魔法を受け流すなんて……」
「“見えるもの”を攻撃するあなたには、見えないものは防げない」
次の瞬間、セレナの体が縛られた。
見えない“鎖”が、彼女の腕を固定していた。
「どうして……? この魔法……」
スルネの声が低く響いた。
「見えないのは、私の体だけじゃない。
私が“持っているもの”も、見えないの」
その瞬間、セレナの足元に黒い魔法陣が現れた。
そこに現れたのは――魂の魔女、メルガ。
「スルネ、よくやったわ。あとは私に任せて」
セレナは必死に抵抗しようとしたが、動けない。
メルガの瞳が、紫に光った。
「ソウル・リバインド」
その言葉と同時に、無数の鎖がセレナの胸に突き刺さる。
魂の光が引きずり出されるように揺れ、彼女の意識が遠のいた。
「……けん……じ……」
その名を呼びながら、セレナは崩れ落ちた。
月明かりの下、彼女の体が静かに倒れる。
スルネが息をついた。
「何とかなったな……」
だが、その声に答えるように、背後から別の声が響いた。
「どうかな。それは」
赤い影が月の下に立っていた。
血の魔女――ブラットレインだった。
彼女の赤いローブが、夜風に揺れている。
「ブラッドレイン……何しに来た?」
スルネが警戒の眼差しを向ける。
ブラットレインは微笑んだ。
「確認に来ただけ。あなた達の“愛のない行い”を見にね」
メルガが舌打ちした。
「ふざけないで。勝ち負けが全てよ。
私達は任務を果たした。それで十分」
「そうかしら? その割に、スルネ――腕から血が出てるわね」
「……何?」
スルネが自分の腕を見ると、確かに深い傷があった。
そこから血が滴り落ちている。
「いつの間に……?」
ブラットレインは小さく笑った。
「セレナの“月”はただの光じゃない。
あの子が見ているのは“真実”。
お前達が気づかない間に、魂の奥に爪痕を残したのよ」
メルガの瞳が怒りで揺れる。
「ふざけるな! 勝ち負けがすべてだ!
感情や想いなんて、何の価値もない!」
ブラットレインはその言葉に、静かに首を振った。
「昔の私も、そう思っていた。
でも、今は違う。
あの人――健司に出会って、変わった。
血でも、魔法でもない。
心が“救い”を生むんだと、ようやくわかったのよ」
スルネが唇を噛んだ。
「そんな綺麗事で、世界が変わると思ってるの?」
「いいえ。でも、あの人は変える。
あなた達も、いずれわかるわ」
ブラットレインの瞳には、静かな炎が宿っていた。
彼女はセレナの方へと視線を向けた。
地面に倒れたその少女の頬には、一筋の涙が流れていた。
「この子はまだ戦ってる。
魂の奥で、誰かを信じてる」
スルネは表情を歪め、影のように後退した。
「行こう、メルガ。
今は引くべき時だ」
メルガは舌打ちしながらも頷く。
「覚えておけ。
健司の“孤独”が始まるのは、これからだ」
2人の姿は夜風に溶け、闇に消えた。
残されたブラットレインは、そっとセレナの傍に膝をついた。
月明かりが2人を照らす。
「……あなた、いい子ね。
誰かを信じ続けられる強さ。私にはなかった」
その声は優しかった。
彼女はセレナの頬に触れ、微笑む。
「大丈夫。健司が必ず、あなたを取り戻す」
その時、遠くで鐘の音が鳴った。
リヴィエールの夜が、静かに明け始めていた。
月は薄れ、朝の光が差し込む。
だが、戦いはまだ終わらない。
セレナの魂は鎖に縛られたまま、
メルガの呪縛の中に囚われている。




