メルガとスルネの暗躍
夜のリヴィエール。
街の灯りは穏やかに揺れ、風が湖面を撫でていた。
健司達の家の中では、まるで戦場のような声が響いていた。
「ちょっと、カテリーナ様! そこはわたしの場所です!」
「ふふ、譲らないわよ。今日こそ健司の隣で寝るのはこの私!」
「そう言って毎回負けてるじゃない、カテリーナ様」
「ミリィ、うるさいわね! あなたこそ順番守りなさいよ!」
ベッドの上では、カテリーナ、ファルネーゼ、ヒシリエ、ミリィが取っ組み合いのような騒ぎを繰り広げていた。
健司は苦笑しながら、それを止めようと手を伸ばすが、誰も聞いちゃいない。
「ちょ、ちょっと落ち着いて! 順番決めよう、ね?」
「順番なんていらないわ!」
「健司は私のものよ!」
「寝る場所の話でしょ!?」
そんなやり取りを、少し離れた場所から見つめている魔女がいた。
ソレイユ――かつてアスフォルデの環に所属していた魔女。
今は、健司と共に生きることを選んでいるが、彼のそばで笑う彼女達を見るたびに、胸が少しだけ痛くなる。
(……いいな、みんな楽しそうで……)
彼女は笑顔を作ろうとしたが、唇が震えた。
そして、ふと、健司の声が聞こえた。
「おっと!」
その瞬間、ファルネーゼとヒシリエが一斉に押し合い、カテリーナの身体が前に出た。
その勢いで、カテリーナが健司の胸に飛び込む形になった。
抱き合うような姿勢。
健司の腕が反射的にカテリーナを支え、カテリーナが頬を真っ赤にした。
「……け、健司……」
「い、いや、これはその……」
ヒシリエとファルネーゼが一斉に睨んだ。
ミリィは「おお……」と呆然。
部屋の空気が、一瞬でピリつく。
そして、ソレイユは立ち上がった。
胸の奥が、きゅっと締めつけられた。
「……ちょっと、外の空気、吸ってくるね」
そう言って、微笑みを作る。
だがその笑顔は、どこか無理があった。
誰も止められないまま、ソレイユは静かに部屋を出た。
外は月が出ていた。
白銀の光が街を包み、湖面を照らす。
ソレイユは歩きながら、ぽつりと呟いた。
「……健司は、ぐいぐい行く人が好きなのかな……」
その声は、夜の空気に消えていった。
すると――不意に背後から、別の声がした。
「そうだよ。金髪のソレイユなんて、好きじゃないよ」
「――っ!?」
ソレイユは振り返った。しかし誰もいない。
風が吹くだけ。
けれど、その声は確かに聞こえた。
「誰……?」
すると、少し離れた暗がりの中から、ゆらりと影が動いた。
透明な輪郭が、月の光にかすかに浮かび上がる。
「本当は、ソレイユのことなんて、どうでもいいんじゃない?」
声の主は、スルネ。
透明の魔女と呼ばれ、姿を自在に隠すことができる存在。
そのすぐ後ろに、冷たい笑みを浮かべたもう一人の女が現れた。
魂の魔女、メルガ。
「……あなたたち、野蛮な魔女の……」
「そう。野蛮の魔女、メルガとスルネ。覚えておいてね」
ソレイユは一歩下がった。
しかし、背中が街の石壁にぶつかる。逃げ道がない。
「健司は……そんなこと言わない……!」
「ふふ、でも見たでしょ? カテリーナに抱きつかれて、何も言わなかった」
「それは……!」
「ねぇ、あなたは、あの中で一番“外”にいる。誰にも甘えられず、誰にも抱きしめられない」
その言葉が、心に刺さった。
ソレイユは歯を食いしばるが、目の奥が熱くなる。
「そんなこと……ない……健司は……」
スルネは冷たく笑った。
そして、彼女の背後で、メルガが静かに手を掲げた。
「――ソウル・リバインド」
ぞわり、と空気が揺れた。
黒い鎖のような光が、ソレイユの身体を取り囲む。
逃げようとした瞬間、その鎖が魂に絡みつくように、深く突き刺さった。
「――あ、ああ……」
瞳から光が消えていく。
ソレイユの身体が、ゆっくりと崩れ落ちた。
「ふふ……成功」
メルガの唇がゆがんだ。
スルネは肩をすくめながら笑う。
「えげつないね、あんたの魔法。本当に魂まで縛るなんて」
「あなたの“スケープ”も負けてないでしょう? カテリーナを健司に押しつけたの、あなたでしょ?」
「まあね。ちょっと透明になって、背中を押しただけ。彼女、勢い余って抱きついたのよ」
2人は、互いに笑い合った。
夜風が静かに吹き抜け、地面には昏睡したソレイユが横たわる。
「これで、あの男の心も揺らぐでしょうね」
「ええ。愛から疑心へ――その変化が楽しみだわ」
月光の下、2人の影がゆらりと消えていった。




