捕縛と離別 ― ラグナ vs 野蛮の3魔女
黒煙が漂い、大地に灰が舞っていた。
つい先ほどまで轟いていた地鳴りは、今はもう静かだ。
大地の裂け目の中央に、ラグナが立っている。
その瞳は紅く、炎ではなく静かな光を宿していた。
その前方──マリエ、シミラ、そしてブラットレインの3人は、息も絶え絶えに立ち上がっていた。
すでに服は破れ、身体の半分が血で染まっている。
しかし、まだ瞳だけは消えていない。
マリエが唇を噛み、震える足を踏みしめた。
「……こんな、バカな……」
その隣で、シミラが肩を支える。
「マリエ、もう無理だ。あの女……人間じゃない……」
ラグナはゆっくりと歩み寄った。
砂塵が舞うたびに、彼女の足跡が沈み、重力そのものが歪む。
「終わりだ。お前たちの力は、もうここまでだ」
その言葉に、マリエが吠えた。
「まだ……終わってないっ!」
しかし、その腕を誰かが掴んだ。
ブラットレインだった。
彼女は深紅の髪をかき上げ、真っ赤な瞳でマリエを見据えた。
「待て。……一旦、引くぞ」
「何を言ってるの!? まだ戦える!」
マリエの声は焦燥と怒りで震えている。
「ここで引いたら、私たちは……!」
「ここで捕まれば、すべてが終わる」
ブラットレインは冷静だった。
「私たちが捕らえられたら、あの方──セイラ様の計画が崩れる」
「でも……!」
「黙れ」
その声は、優しくも絶対だった。
マリエは息を呑む。
普段は皮肉と笑みを絶やさないブラットレインの瞳に、今は覚悟の炎が宿っていた。
その瞬間、ラグナが足を止めた。
静かに、しかし確実に、土の気配が地面から滲み出していく。
「話は終わったか?」
ラグナが右手を掲げる。
「──《アースロウ》」
大地が唸りを上げ、3人を囲うように土壁が立ち上がる。
瞬く間にそれは檻へと変わり、逃げ場を奪った。
「……っ!」
シミラが反射的に魔法陣を展開するが、ラグナの魔力が重すぎて、詠唱が途切れた。
「捕縛する。命までは取らない」
ラグナの声は淡々としていた。
だが、その淡々さが、逆に抗えぬ運命を告げていた。
「冗談じゃない……!」
ブラットレインが血を噛み切り、両手を広げる。
その掌から溢れた血液が一瞬で形を変える。
「──《ブラット・ソード》!」
紅い光が弧を描いた。
血が剣となり、土の檻を叩き斬る。
その瞬間、ラグナの魔力とぶつかり、爆ぜる。
空間が歪み、周囲の木々が一瞬で吹き飛んだ。
クラリーチェが思わず叫ぶ。
「ラグナ様っ!」
だがラグナは動じない。
その足元で、土が再び脈動を始めていた。
ブラットレインは剣を構え、血を滴らせながら言った。
「……何故だ? お前ほどの魔女が、何故、人間に味方する?」
ラグナは少しだけ表情を緩めた。
「何故か、か……」
視線が後ろに向く。
そこには、傷つきながらも立ち上がろうとしているクラリーチェ達の姿があった。
ラグナは微笑む。
「後ろにいるあいつらが、変わったからだよ」
その声には、確かな温もりがあった。
「人間は、弱い。
けれど、弱いからこそ変わる。
そして、変わる力こそ……私たちがずっと忘れていたものだ」
ブラットレインの瞳が揺れた。
その表情に、一瞬だけ迷いが走る。
「……そんなこと、信じられると思うか?」
ラグナは静かに手を上げた。
「信じなくていい。ただ──見ていろ」
「《アースレイン》」
天から、土の粒が降り注いだ。
それは砂でも石でもない、“重さ”そのものの雨。
触れたものの魔力を鈍らせ、逃走を封じる拘束魔法。
「……くっ、動かない!」
シミラが叫ぶ。
マリエの身体にも、重力が絡みつくように沈み始めていた。
「ラグナっ……!」
マリエが咆哮する。
「私はまだ負けてないっ!」
その叫びに、ブラットレインが振り向いた。
「マリエ、もう行け!」
「えっ……!?」
「私が残る。お前たちは逃げろ!」
「だめよ! 置いて行けるわけ──!」
ブラットレインはマリエの胸倉を掴み、顔を寄せた。
「生きて、また戦え。それが私の願いだ」
その瞬間、マリエの瞳に涙が浮かんだ。
「……バカ、そんなの、嫌に決まってる……!」
しかし、ラグナの魔力がさらに増す。
大地全体が唸り、砂嵐のように土が舞い上がった。
シミラが歯を食いしばる。
「マリエっ! 時空を使え! 今しかないっ!」
「……っ、クロック・リワインド!」
時空が歪む。
瞬間的に空間が開き、マリエとシミラの身体が霞のように消え始めた。
「ブラットレイン、早く!」
マリエの叫びが、次元の裂け目から響いた。
ブラットレインは振り返らなかった。
血の剣を地に突き立て、背中を向けたまま、笑った。
「いい。私は……もうダメみたいだ」
ラグナの《アースレイン》が彼女の戦意をそぎ、彼女の身体を完全に包み込んだ。
土の檻が閉じ、光が消える。
「──終わりだ」
土煙が晴れる頃、そこに残っていたのはブラットレイン1人。
彼女は片膝をつき、息を整えながら笑った。
「……ふふ……まいったわね。
捕まるなんて、いつぶりだろう」
ラグナは近づき、静かに問いかけた。
「どうして逃げなかった?」
ブラットレインは、目を細めて答える。
「仲間を……守りたかった。ただそれだけよ」
ラグナの目が少しだけ柔らいだ。
「そうか」
「殺すの?」
「殺さない。
だが、もう戦えぬようにする」
ブラットレインは薄く笑い、空を見上げた。
「……あの子たち、うまく逃げられたかしら」
「マリエとシミラか。……あぁ、逃げた」
ラグナの声に、ブラットレインの目がわずかに潤んだ。
「そう……よかった」
風が吹き抜けた。
血の匂いと、湿った土の匂いが混じる。
ラグナは彼女の前に膝をつき、静かに告げた。
「……お前たちも、救いたい」
「救う……? 私たちを?」
「そうだ。
人間も、魔女も、同じ空の下に立てる世界を──健司という男は望んでいる」
ブラットレインは目を細め、かすかに笑った。
「……健司、ね。
セイラ様が……興味を示すはずだわ」
その言葉に、ラグナの瞳がわずかに揺れた。
「セイラ……」
「あなたが本当にその人間を信じるなら……
いずれ、彼と彼女は必ず相まみえる」
ラグナは何も言わなかった。
ただ、空を見上げた。
曇り空の向こうに、一筋の光が差していた。
「……それでも、私は止まらない」
ラグナの言葉は、風に溶けて消えた。
ブラットレインは、うっすらと笑みを残したまま、意識を失った。
静寂。
ラグナは捕らえた彼女を見下ろし、
小さく呟いた。
「人も魔女も、変われるはずだ」
その背後で、クラリーチェ達が歩み寄ってくる。
「ラグナ様……」
「戻るぞ。これ以上の戦いは不要だ」
その声には、戦いの終わりと、新たな決意が宿っていた。
リズリィが小さく呟いた。
「……ラグナ様が本気を出すなんて……。
やはり、あの人も……変わったんですね」
ラグナは答えなかった。
ただ、ラグナが見た方角──リヴィエールの方を見つめていた。
その先にいるのは、健司。
そして、彼が変えつつある“世界”だった。




