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魔女達に愛を  作者: リーゼスリエ
クロエ編②大地の一族 ラグナ

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捕縛と離別 ― ラグナ vs 野蛮の3魔女

黒煙が漂い、大地に灰が舞っていた。

 つい先ほどまで轟いていた地鳴りは、今はもう静かだ。

 大地の裂け目の中央に、ラグナが立っている。

 その瞳は紅く、炎ではなく静かな光を宿していた。


 その前方──マリエ、シミラ、そしてブラットレインの3人は、息も絶え絶えに立ち上がっていた。

 すでに服は破れ、身体の半分が血で染まっている。

 しかし、まだ瞳だけは消えていない。


 マリエが唇を噛み、震える足を踏みしめた。

 

「……こんな、バカな……」

 

その隣で、シミラが肩を支える。

 

「マリエ、もう無理だ。あの女……人間じゃない……」


 ラグナはゆっくりと歩み寄った。

 砂塵が舞うたびに、彼女の足跡が沈み、重力そのものが歪む。


 「終わりだ。お前たちの力は、もうここまでだ」


 その言葉に、マリエが吠えた。

 

「まだ……終わってないっ!」


 しかし、その腕を誰かが掴んだ。

 ブラットレインだった。


 彼女は深紅の髪をかき上げ、真っ赤な瞳でマリエを見据えた。

 

「待て。……一旦、引くぞ」


 「何を言ってるの!? まだ戦える!」

 

マリエの声は焦燥と怒りで震えている。

 

「ここで引いたら、私たちは……!」


 「ここで捕まれば、すべてが終わる」

 

ブラットレインは冷静だった。

 

「私たちが捕らえられたら、あの方──セイラ様の計画が崩れる」


 「でも……!」


 「黙れ」

 

その声は、優しくも絶対だった。

 マリエは息を呑む。

 普段は皮肉と笑みを絶やさないブラットレインの瞳に、今は覚悟の炎が宿っていた。


 その瞬間、ラグナが足を止めた。

 静かに、しかし確実に、土の気配が地面から滲み出していく。


 「話は終わったか?」

 

ラグナが右手を掲げる。


 「──《アースロウ》」


 大地が唸りを上げ、3人を囲うように土壁が立ち上がる。

 瞬く間にそれは檻へと変わり、逃げ場を奪った。


 「……っ!」

 

シミラが反射的に魔法陣を展開するが、ラグナの魔力が重すぎて、詠唱が途切れた。


 「捕縛する。命までは取らない」

 

ラグナの声は淡々としていた。

 だが、その淡々さが、逆に抗えぬ運命を告げていた。


 「冗談じゃない……!」

 

ブラットレインが血を噛み切り、両手を広げる。

 その掌から溢れた血液が一瞬で形を変える。


 「──《ブラット・ソード》!」


 紅い光が弧を描いた。

 血が剣となり、土の檻を叩き斬る。

 その瞬間、ラグナの魔力とぶつかり、爆ぜる。

 空間が歪み、周囲の木々が一瞬で吹き飛んだ。


 クラリーチェが思わず叫ぶ。

 

「ラグナ様っ!」


 だがラグナは動じない。

 その足元で、土が再び脈動を始めていた。


 ブラットレインは剣を構え、血を滴らせながら言った。

 

「……何故だ? お前ほどの魔女が、何故、人間に味方する?」


 ラグナは少しだけ表情を緩めた。


 「何故か、か……」


 視線が後ろに向く。

 そこには、傷つきながらも立ち上がろうとしているクラリーチェ達の姿があった。

 ラグナは微笑む。


 「後ろにいるあいつらが、変わったからだよ」


 その声には、確かな温もりがあった。


 「人間は、弱い。

  けれど、弱いからこそ変わる。

  そして、変わる力こそ……私たちがずっと忘れていたものだ」


 ブラットレインの瞳が揺れた。

 その表情に、一瞬だけ迷いが走る。


 「……そんなこと、信じられると思うか?」


 ラグナは静かに手を上げた。

 

「信じなくていい。ただ──見ていろ」


 「《アースレイン》」


 天から、土の粒が降り注いだ。

 それは砂でも石でもない、“重さ”そのものの雨。

 触れたものの魔力を鈍らせ、逃走を封じる拘束魔法。


 「……くっ、動かない!」

 

シミラが叫ぶ。

 マリエの身体にも、重力が絡みつくように沈み始めていた。


 「ラグナっ……!」

 

マリエが咆哮する。

 

「私はまだ負けてないっ!」


 その叫びに、ブラットレインが振り向いた。

 

「マリエ、もう行け!」


 「えっ……!?」


 「私が残る。お前たちは逃げろ!」


 「だめよ! 置いて行けるわけ──!」


 ブラットレインはマリエの胸倉を掴み、顔を寄せた。


 「生きて、また戦え。それが私の願いだ」


 その瞬間、マリエの瞳に涙が浮かんだ。


 「……バカ、そんなの、嫌に決まってる……!」


 しかし、ラグナの魔力がさらに増す。

 大地全体が唸り、砂嵐のように土が舞い上がった。

 シミラが歯を食いしばる。


 「マリエっ! 時空を使え! 今しかないっ!」


 「……っ、クロック・リワインド!」


 時空が歪む。

 瞬間的に空間が開き、マリエとシミラの身体が霞のように消え始めた。


 「ブラットレイン、早く!」


 マリエの叫びが、次元の裂け目から響いた。


 ブラットレインは振り返らなかった。

 血の剣を地に突き立て、背中を向けたまま、笑った。

 

「いい。私は……もうダメみたいだ」


 ラグナの《アースレイン》が彼女の戦意をそぎ、彼女の身体を完全に包み込んだ。

 土の檻が閉じ、光が消える。


 「──終わりだ」


 土煙が晴れる頃、そこに残っていたのはブラットレイン1人。

 彼女は片膝をつき、息を整えながら笑った。


 「……ふふ……まいったわね。

  捕まるなんて、いつぶりだろう」


 ラグナは近づき、静かに問いかけた。

 

「どうして逃げなかった?」


 ブラットレインは、目を細めて答える。

 

「仲間を……守りたかった。ただそれだけよ」


 ラグナの目が少しだけ柔らいだ。

 

「そうか」


 「殺すの?」


 「殺さない。

  だが、もう戦えぬようにする」


 ブラットレインは薄く笑い、空を見上げた。


 「……あの子たち、うまく逃げられたかしら」


 「マリエとシミラか。……あぁ、逃げた」

 

ラグナの声に、ブラットレインの目がわずかに潤んだ。


 「そう……よかった」


 風が吹き抜けた。

 血の匂いと、湿った土の匂いが混じる。


 ラグナは彼女の前に膝をつき、静かに告げた。

 

「……お前たちも、救いたい」


 「救う……? 私たちを?」


 「そうだ。

  人間も、魔女も、同じ空の下に立てる世界を──健司という男は望んでいる」


 ブラットレインは目を細め、かすかに笑った。

 

「……健司、ね。

  セイラ様が……興味を示すはずだわ」


 その言葉に、ラグナの瞳がわずかに揺れた。

 

「セイラ……」


 「あなたが本当にその人間を信じるなら……

  いずれ、彼と彼女は必ず相まみえる」


 ラグナは何も言わなかった。

 ただ、空を見上げた。

 曇り空の向こうに、一筋の光が差していた。


 「……それでも、私は止まらない」

 

ラグナの言葉は、風に溶けて消えた。


 ブラットレインは、うっすらと笑みを残したまま、意識を失った。


 静寂。

 ラグナは捕らえた彼女を見下ろし、

 小さく呟いた。


 「人も魔女も、変われるはずだ」


 その背後で、クラリーチェ達が歩み寄ってくる。

 

「ラグナ様……」


 「戻るぞ。これ以上の戦いは不要だ」


 その声には、戦いの終わりと、新たな決意が宿っていた。


 リズリィが小さく呟いた。


 「……ラグナ様が本気を出すなんて……。

  やはり、あの人も……変わったんですね」


 ラグナは答えなかった。

 ただ、ラグナが見た方角──リヴィエールの方を見つめていた。


 その先にいるのは、健司。

 そして、彼が変えつつある“世界”だった。

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