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魔女達に愛を  作者: リーゼスリエ
クロエ編①侵攻

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カルナ、西の狂乱へ

西の地域──そこは、陽が差すことを忘れたかのような荒野が続く世界だった。

 吹き荒ぶ砂の匂いは焦げた鉄のようで、風の中には乾いた血の臭いすら混じっていた。


 かつてこの地は、魔法文明の残滓が多く残る場所として知られていた。だが、今は違う。

 人間も、魔女でさえも寄りつかない。


 理由は簡単だった。

 ここに住むのは──狂った魔女達。

 欲望のままに力を振るい、同族さえも喰らう者達。

 そのあまりの異常さに、かつての同盟国家は「西の禁域」としてこの地域を封印した。


 その禁域に、一人の女が立っていた。


 ──炎の女王カルナ。


 燃えるような赤髪が風に靡き、長い外套の裾が舞い上がる。

 瞳は炎の精霊と同じ紅玉の輝きを宿し、長年この地に身を置いたにもかかわらず、その炎はまだ濁っていなかった。


 「……また、静かになったな」


 彼女は呟いた。

 この地に来て、すでに三年。

 狂気を鎮めるために、そして西の魔女達を止めるために──カルナは孤独な戦いを続けていた。


 数多の戦いの果てに、彼女の足跡の周りには焦げた大地が続いている。

 火の精霊達も、ここでは息を潜めるようにしていた。

 それでも、カルナは立ち止まらなかった。

 この狂気の連鎖の裏に、「何かの意志」があると感じていたからだ。


 その時だった。


 ふと、空気が震えた。

 炎の粒がふわりと舞い、赤い光が宙に浮かんだ。

 その中心に、小さな精霊が現れる。

 カルナは目を細めた。


 「……お前、フレイムの精霊か? なぜここにいる」


 精霊は、小さく体を震わせながら答えた。


 「……カルナ様……。フラムが、破れました」


 「……何だと?」


 思わず、カルナの表情が揺らいだ。


 「フラムが……破れた? そんな馬鹿な。あの結界は、フラムが作ったはずだ。並の魔女が破れるものではない」


 「はい……。でも……本当なんです。しかも、アナスタシアは……」


 「……アナスタシア? どうした?」


 「人間と……一緒にいるのです」


 沈黙が落ちた。

 風が、遠くの砂を巻き上げた。

 カルナは、わずかに目を見開いた。


 「……アナスタシアが、人間と? そんなこと……ありえない」


 思考が止まる。

 アナスタシアといえば、水の一族の中でも最強。冷酷で、感情すら見せない魔女だった。

 そんな彼女が──人間と共にいる。


 「……本当に、変わったのだな。あの女が」


 カルナは、炎のように赤い瞳を閉じた。

 心のどこかで、安堵にも似た感情があった。

 だが、それをすぐに打ち消す。


 「……私には、まだやることがある」


 そう呟いた時だった。


 地の奥から、低い笑い声が響いた。


 「さすがね、カルナ。まだ生きていたなんて」


 カルナは振り向いた。

 そこに立っていたのは、一人の女。

 長い赤髪に、漆黒のローブ。

 その背中には、翼のように見える魔力の残滓が揺らめいている。


 「……お前は──ルメ」


 女は微笑んだ。

 「孤高の魔女」ルメ。

 東西南北、いずれの勢力にも属さず、ただ己の研究と信念のために動く異端の魔女。

 魔女達の間でも、彼女を知る者は少ない。


 カルナは身構える。

 

「何のつもりだ。西の地にお前が来るとはな」


 「私が来る理由は、ひとつだけ」


 ルメは近づく。その瞳は月のように淡く輝いていた。

 

「あなたと──手を結びたいの」


 カルナは眉をひそめた。

 

「手を結ぶ? 何故だ。お前が誰かと協力するなんて、ありえないことだろう」


 ルメは静かに笑った。


 「理由なら、すぐにわかるわ。

 アナスタシアと一緒にいる“人間”──その男、知っているの」


 「……何?」


 カルナの瞳が細くなる。

 

「お前……あの人間を知っていると?」


 ルメは頷いた。


 「ええ。あの男──健司は、私の知り合いよ。昔、ほんの少しの時間だったけれど。

 彼の中には、不思議な“力”がある。

 それは魔力ではなく、“理”を変える力。

 アナスタシアが彼に惹かれた理由も、私は理解できる」


 「……理を変える、だと」


 カルナは息を呑んだ。

 それは、この世界の根幹を揺るがす言葉だった。

 魔法とは理を借りる力。だが、“理を変える”などという存在が現れれば、魔女の秩序そのものが崩壊する。


 ルメは続けた。

 

「あなたも気づいているはず。この西の狂気、ただの争いじゃない。

 背後に、“誰か”がいる。狂気を増幅させ、世界の均衡を崩そうとしている者が」


 カルナの紅い瞳が鋭く光る。

 

「……お前はそれを、知っているのか?」


 ルメは頷いた。

 

「名前は、まだ掴めていない。でも、“影の番人”と呼ばれている者達が関わっている可能性がある。

 そして、今、東の国──フレイムにまで手を伸ばしている」


 カルナの心がざわついた。

 

「……ならば、フラムが破れたのも、その影の仕業か」


 「その可能性が高いわ」

 

ルメの声が静かに響いた。

 

「アナスタシアが動き、人間が理を変え、西が狂気に沈む。

 世界は、いま再び“均衡の揺らぎ”に入った。

 カルナ、あなたも感じているでしょう? このまま放っておけば、すべてが崩壊する」


 カルナは深く息を吐いた。

 

「……ならば、私はどうすればいい?」


 ルメは微笑んだ。

 

「私と共に来なさい。

 西の地を制御し、狂気の根を断ち切る。

 その上で、アナスタシアのいる東へ向かう。

 ──そして、“人間”をこの世界の中心に立たせるのよ」


 カルナの胸に、微かな怒りが走った。

 

「人間を中心に? 冗談だ。魔女の世界は、魔女が導くものだ」


 だが、ルメの瞳は揺るがない。

 

「そうかしら? 魔女が千年かけても為せなかったことを、彼は短い時で変えている。

 憎しみを終わらせ、純血と混血の境を越えて、アナスタシアさえも変えた。

 その“理”を変える力こそ、この世界が必要としているものじゃないの?」


 沈黙。

 カルナは何も言わなかった。

 ただ、炎の中に立ち尽くす。

 そして、低く呟いた。


 「……もしそれが本当なら、確かめる価値はあるかもしれないな」


 ルメが微笑んだ。

 

「なら、話は早い。あなたがこの地を抑えれば、私は北を探る。影の番人の痕跡を」


 カルナは頷いた。


 「……いいだろう。ただし、私は魔女の誇りを忘れない。人間を試すのはそれからだ」


 ルメは静かに背を向けた。

 

「ええ、それでいいわ。あなたが動くことで──西は再び炎に包まれる。

 でも、その炎は、破壊のためではなく……再生のためのものになる」


 カルナはその背を見つめながら、呟いた。


 「……あの人間。健司、か」


 小さく笑う。

 

「アナスタシアを変えたというなら、今度は私の信念も試してみろ。

 お前が“理”を変えるというなら、私の炎がどれほどの理を焼けるか、見せてやる」


 西の地に、熱風が吹いた。

 灰の中から炎が立ち上り、沈黙していた精霊達が再び光を取り戻す。


 その光は、やがて遠くフレイムの空にも届いた。

 ──カルナの炎が再び燃え始めたのだ。


 西の狂気と、東の希望。

 そして、“理”を変える人間。

 それらが交わる時、世界は再び大きく動き出す。

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