野蛮の咆哮
ホワイトヴェル。
かつては清らかな自然に包まれた美しい街だった。
だが今、赤に染まり、冷たい風は悲鳴と煙の匂いを運んでいた。
この街は今、野蛮の魔女たちによって支配されている。
力こそ正義。慈悲も理性も不要。
そんな思想のもとで築かれたのが、この「暴の国」だった。
その中心――黒曜石の塔の最上階。
円卓の間では、幹部たちが集まっていた。
壁に刻まれた魔法陣が淡く光り、部屋中に緊迫した空気が漂っている。
「……以上が報告です」
低く頭を下げた部下の声に、沈黙が落ちた。
最初に口を開いたのは、黄金の髪を揺らす女――マリエだった。
彼女の肌は雪のように白く、しかしその瞳は血のように赤く輝いていた。
「炎の魔女たちが破れた、というのは本当か?」
「はっ。間違いありません。しかも、その内の二人――ヒシリエとファルネーゼという者が、人間の健司という男に同行したと」
その瞬間、隣の席にいた女が立ち上がった。
青髪を逆立て、全身から電光のような魔力を放つ。
シミラだ。
「何だと!? あのフラムの配下が人間について行った!? あり得ないわ!」
彼女の声が部屋に響き渡る。
彼女は冷静で無表情、しかし、この時はさすがに驚いた。
マリエは腕を組みながら、落ち着いた口調で言った。
「信じられないかもしれないけど、報告は確かよ。フラムは敗れ、彼女たちは健司と共に去った。……まるで、心を奪われたようにね」
シミラの眉が跳ねた。
「フラムが……負けた? あの女、炎の頂点とまで言われたのに……!」
「それだけ、あの人間が異常ってことね」
不穏な沈黙。
やがて、その空気をさらに圧し潰すような、禍々しい気配が部屋を包んだ。
――おぞましい魔力だった。
空気が震え、壁の光が一斉に歪む。
その中心に、ゆっくりと現れたのは一人の女。
黒い衣を纏い、長い銀の髪が宙に漂う。
その瞳は闇そのものであり、誰よりも冷たい微笑を浮かべていた。
セイラ。
野蛮な魔女の最高位に立つ魔女であり、ホワイトヴェルを支配する者。
「……聞いたわ」
静かな声に、誰もが背筋を凍らせた。
「フラムが敗れたことも。健司という人間が、また新たな仲間を得たことも」
その言葉に、誰もが息を呑む。
セイラはゆっくりと円卓の中央に歩み寄り、椅子に腰を下ろした。
長い指で肘掛けを叩く音が、妙に響いた。
「正直、負けるとは思わなかった。でも……二人も連れて行くなんて、面白い展開じゃない」
マリエとシミラは、恐る恐る口を開いた。
「セイラ様……ご命令は?」
セイラの笑みがわずかに歪んだ。
「命令? そうね……」
そして、テーブルの上に黒い魔力を落とす。
その一滴は瞬く間に地図の形を成した。
――リヴィエール。
「この街に行きましょう」
その一言で、部屋の空気が一変した。
「リヴィエールを……攻める、のですか?」
マリエが確認するように問いかける。
「そうよ」
セイラは冷ややかに笑った。
「フラムが破れ、健司たちが戻る場所――それがリヴィエール。彼らが“安らぎ”だとか“愛の街”だとか言って作ろうとしているその場所を、跡形もなく消すの」
シミラが目を見開く。
「しかし、あそこにはアナスタシアがいます! 水の当主にして、フラムと並び立つ魔女! 容易では――」
「アナスタシア?」
セイラはあざ笑うように唇を歪めた。
「あの女は戦わないわ。守ることしか考えていない。フレイムにしたことへの罪の意識に囚われているから」
沈黙が落ちる。
マリエとシミラは目を合わせた。
その表情には、戦慄と好奇心が入り混じっていた。
「まさか……」
「彼女が罪を……?」
セイラは続けた。
「ええ。フレイムで多くの命を奪ったこと。それが今、彼女の枷になっている。だから――あの街は守りを固めても、心の中に穴があるの」
机に肘をつき、セイラは妖艶に微笑んだ。
「そこを突くの。力じゃなく、恐怖と混乱で」
ルネイアが口を開いた。
「ボス、気にしないでください。私たちが動けば――」
「気にしない?」
セイラの声が低くなる。
「私たちを無視して、フレイムに行ったのよ。私たちが先に宣戦布告をしたのに」
怒りが、魔力とともに広がっていく。
壁に刻まれた魔法陣が一斉に軋み、床が震えた。
「彼らは私たちを恐れて避けたのよ。いいわ、それなら見せつけてやりましょう。誰がこの世界を支配しているかを」
その声は、冷たく、絶対だった。
シミラが拳を握る。
「……了解しました。リヴィエールを攻め落とします」
マリエも頷いた。
「私たちの力を見せる時ですね」
「そう。あなたたちならできる。絶望感を――この世界に与えられる」
セイラの唇が、薄く歪む。
「さあ、行きなさい。水を砕け。安らぎなど、野蛮の前では無意味だと教えてやるのよ」




