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魔女達に愛を  作者: リーゼスリエ
ヴェリシア編⑥フレイムの王 フラム

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休息の夜 ― フレイムの国にて

 フレイムの国の夜は、静かだった。

 昼間の激闘が嘘のように、街は落ち着きを取り戻していた。

 燃えるような赤い灯火が通りを照らし、宿屋の窓から漏れる明かりが、戦いの余韻を柔らかく包んでいた。


 健司たちは、国の中央にある大きな宿屋を借りていた。

 それぞれがそれぞれの時間を過ごしている。

 クロエは湯殿で髪を乾かしながら、リセルと話していた。ミリィはロビーで絵本を開き、カテリーナとエルネアは次の目的地について軽く言葉を交わしていた。


 戦いは終わった。

 けれど、心の奥に残る熱はまだ消えていなかった。


 健司は部屋の窓を開け、外の夜風を受けながら、ぼんやりと街の灯を眺めていた。

 冷たい風が、汗の残る首筋をなでる。

 ようやく――ひと息つける。


 その時、ノックの音がした。


「どうぞ」

 

健司が答えると、扉が静かに開いた。

 赤い髪を軽くまとめたヴェリシアが立っていた。戦いの時の鋭い表情とは違い、穏やかな笑みを浮かべていた。


「健司、お疲れ様」


「ヴェリシアか。ありがとう。みんなは?」


「それぞれ休んでる。エルネアはミリィの寝かしつけ、クロエとリセルは温泉。ソレイユは……飲み過ぎたみたい」

 

そう言って笑う。


 健司も笑った。

 ようやく、戦いの終わりを実感する。

 あの炎の魔女たち――フレイムの国を守っていた彼女たちは、敵でありながらも、信念に生きていた。


「ヴェリシア、炎の魔女たちはどうだった?」

 

健司は尋ねた。


「普通の魔女だったね」

 

ヴェリシアは少し考えてから、柔らかく言葉を続けた。


「ただ……自分の力を信じて、国を守っていた。あの目は、誰かのために燃えていた。そんな印象」


「信念、か」


「うん。健司も感じたでしょ?」


「ああ。強かったけど、まっすぐだった」


「ね。……そういう人たち、嫌いじゃない」


 ヴェリシアは健司の隣に腰を下ろした。

 風が髪を揺らし、香りがふっと流れた。


「ヴェリシアも、信念があるよね」


「え?」


「最初に出会った時からそう思ってた。君は誰よりも真っすぐで、迷っても、心の軸がある」


 ヴェリシアは少し照れたように笑った。


「ありがとう。そんなふうに言われると、ちょっと嬉しい」


「本当のことだよ」


 沈黙が訪れた。

 宿の外では虫の音がかすかに聞こえ、遠くで誰かの笑い声がした。

 平穏。戦いのない夜――それがこんなにも貴重に思えるとは、数日前までは考えもしなかった。


「健司は、これからどうするの?」

 

ヴェリシアが聞いた。


「決まってるよ。まだ見ぬ場所に行く。幼馴染のミナを探すまでは、旅を続ける」


「ミナ……」

 

その名前を口にすると、ヴェリシアは静かに目を伏せた。

 彼女も知っている。健司の旅の始まりが、ひとりの少女を探すことだったことを。


「……私も決まってるよ」


 ヴェリシアが言った。


「私は、健司たちと一緒にいる」


 健司は少し驚いた顔をした。


「いいのか?」


「うん。今さら離れたくない。いろんな国を回って、いろんな魔女を見て……ようやくわかった。私は誰かの背中を見ていたいんだって」


「誰かって?」


「決まってるでしょ」

 

ヴェリシアは小さく笑い、健司の腕を軽く叩いた。


「健司。あんたを思う気持ちは、誰にも負けないからね」


 その言葉は冗談のようでいて、どこか真剣だった。

 健司は息をのんだ。

 戦いの中で彼女の強さを何度も見てきた。けれど、今のヴェリシアは、ただの戦士ではなかった。ひとりの女性として、まっすぐに想いを伝えてきていた。


「……わかってるよ」


「本当に?」


「うん。けど――」


「けど?」


「旅を終えたら、答えを出そうと思う」


 ヴェリシアの瞳が、少しだけ揺れた。


「決められるのかな?」


「どういう意味?」


「だって、どんどん増えてる気がするんだもん」

 

彼女は少しふてくされたように言った。


 健司は苦笑した。

 確かに、旅の仲間は増えた。

 そして、それぞれが健司に想いを抱いている――彼自身がそう感じてしまうほどに。


 クロエの優しさ。リセルの無邪気さ。カテリーナの誇り高い眼差し。ミリィの純粋な憧れ。

 ソレイユの包み込むような愛。エルネアの静かな思慕。

 そしてヴェリシアの、真っ赤に燃える想い。


「……みんな大事なんだ。嘘じゃない。けど、答えを出すには、まだ俺自身が足りない気がする」


「足りない?」


「ああ。僕はまだ、自分が何者なのか、何を望んでいるのか、ちゃんと知らない」


 ヴェリシアは黙って健司の言葉を聞いていた。

 彼の声には迷いと、決意が混ざっていた。

 長い旅の中で、健司は多くのものを見て、抱えすぎるほどの想いを受け取ってきた。


「……だから、もう少し待っててくれないか」


「ふふっ、ずるいね」


「そうかな」


「でもいいよ。あんたらしい」


 ヴェリシアは立ち上がり、窓の外を見た。

 月が、炎の国の空に淡く浮かんでいた。赤い街並みに銀の光が差し、静かに輝いている。


「きれいだね」


「ああ。戦いの跡が、まるで嘘みたいだ」


「でも、あの炎の魔女たちが見たら、きっと誇りに思うと思うよ」


「そうだな。彼女たちの信念は、確かにここに残ってる」


 ヴェリシアはしばらく空を見つめ、それから健司に振り返った。


「健司、もしミナを見つけたら……どうするの?」


「……それも、まだわからない」


「そう。じゃあ、答えを出すその日まで、ちゃんと見てるから」


 そう言って、ヴェリシアは微笑んだ。

 その笑顔は炎のように強く、けれど温かかった。


「ありがとう、ヴェリシア」


「いいの。今夜くらいはゆっくり休んで」


「君もな」


「うん。……おやすみ、健司」


 扉が静かに閉まる。

 健司は再び窓の外を見た。


 戦いは終わった。

 けれど、旅はまだ続く。

 ミナを探す旅。仲間と共に歩む旅。そして、自分の心と向き合う旅。


 どれもが、健司にとって大切な道だった。


 ――炎の国の夜。

 その静けさの中で、健司はほんの少しだけ、夢を見た。


 燃えるような空の下で、誰かが笑っている。

 あの日の約束を、まだ果たせていないことを胸に抱きながら。


 こうして、健司たちはフレイムの国の激闘を終えた。

 そして次なる地へと向かう、その前の静かな夜――。

 心を整えるための、わずかな休息の時間が流れていった。

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