炎の残響 ― カルナの行方 ―
塔の中は静まり返っていた。
フラムとの激闘が終わり、空気にはまだ熱の名残がある。
しかし、それはもう人を焦がす炎ではなかった。
温もりのある、穏やかな熱。
まるで誰かの想いがまだここに残っているかのように。
アナスタシアが一歩前に出る。
彼女の白い髪がゆっくりと揺れた。
「……フラム、あなた、さっき言ったね。
カルナ様が“生きている”と。」
フラムは深く息を吐いた。
瞳の奥に映る光は、かつての主を想う懐かしさだった。
「そうだ。カルナ様は生きている。
ただし、この世界にはもういない。」
「どういうこと?」
アナスタシアの声が震える。
その隣で、健司も静かに聞いていた。
「いなくなる前に、あの方は私に言った。
“争っている場合ではない。西の魔女たちを止めなくてはならない”と。」
塔にいた者たちは皆、息をのんだ。
カルナ——炎の王にして、フラムの師。
彼女の言葉は、魔女の国全体の均衡を変えるほどの重みがあった。
「……だから、カルナ様は消えたんですね。」
ヒシリエが呟いた。
その表情には、どこか納得したような、寂しさが滲んでいた。
「そうだ。
カルナ様は、自ら姿を消した。
誰も傷つけぬように。
あの方は最後まで“愛すること”を選んだのだ。」
フラムの声には誇りと哀しみが混じる。
炎の女王でさえ、その言葉を口にするのに躊躇うほどの痛みがあった。
「だが……今、どうしているのかは、私にも分からぬ。」
フラムは視線を落とした。
沈黙が塔を満たす。
その時——
「……カルナに、会ったことがあります。」
静かな声が響いた。
それは、後方で控えていたヴェリシアの声だった。
皆が彼女を見た。
「あなたが?」
アナスタシアが問う。
ヴェリシアは頷いた。
「まだ私がちいさかったころ……街で空腹だった時、
紫の炎が降ってきたんです。
その炎が、私を包み、癒してくれました。」
彼女は手をかざす。
そこに、小さな紫の火が灯る。
揺らめくその光は、どこか懐かしい香りを放っていた。
「……それは!」
フラムが息を呑んだ。
膝をつき、震える声で言う。
「間違いない……カルナ様のみが使える炎。
私の魔法はすべて、カルナ様に教わった。
——紫の炎は、癒しと慈愛の象徴。」
フラムの頬を、涙が伝った。
それは熱い炎ではなく、心から溢れた涙。
炎の王が泣いている。
誰も言葉を発せなかった。
健司が一歩、前へ出た。
その瞳はまっすぐで、迷いがなかった。
「フラムさん。ひとつ聞いてもいいですか?」
「……ああ、何でも聞け。お前たちには、その資格がある。」
「——“野蛮な魔女たち”について。」
その瞬間、空気が変わった。
ヒシリエもファルネーゼも、バーネさえも息を呑む。
その名を聞くだけで、緊張が走るのだ。
「野蛮な魔女たちは、何者なんですか?」
フラムはしばし目を閉じ、記憶を探るように語り出した。
「……彼女たちは、
“狂気”と呼ばれるほどの、深い呪いを抱えている。」
「呪い……?」
「正確には、“トラウマ”と言った方がいいだろう。
彼女たちは——男に選ばれなかった。」
塔にいる全員が言葉を失った。
フラムは続ける。
「ある男がいた。
彼は、魔女である彼女たちに優しくした。
けれど最終的に、彼が選んだのは“別の女”だった。
その瞬間、彼女たちの心は壊れた。その集まりが野蛮な魔女達だ。
……以来、幸せな男女を見つけると、壊したくなる。」
クロエとリセルが顔を見合わせた。
そして小さくため息をつく。
「なるほどね。男に振られた腹いせで世界を壊そうとしてるってわけ。」
「まあ……そういう女たち、どこの世界にもいるけどね。」
アナスタシアは眉をひそめた。
だが、健司だけは違っていた。
彼は、少しだけ微笑んだ。
「……まだ、救えますね。」
「何?」
クロエが呆れた声を出す。
「ほんと、あなたらしいわね。」
リセルも肩をすくめる。
フラムはその様子を見て、微かに笑った。
炎が小さく灯り、その笑顔を照らした。
「人間というのは、不思議なものだな。
誰もが諦めることを、簡単に“まだ救える”と言ってのける。」
「僕はただ、諦めたくないだけです。
誰かを恨んで生きるのは、悲しいですから。」
その言葉に、フラムの瞳が揺れた。
——まるでカルナがそこに立っているかのようだった。
「……カルナ様も、同じことを言っていた。
“人は、誰かに愛されることで、炎のように変わる”とな。」
ヒシリエは静かに涙を拭った。
バーネも、ファルネーゼも、皆が心のどこかでカルナの面影を感じていた。
しばらくして、健司がまた尋ねた。
「最後にもう一つだけ。
“ワープ”のような魔法……あれは、野蛮な魔女たちが使っていたものですか?」
フラムは頷いた。
「そうだ。あいつらには、転移の術がある。
だが正確には、自分で移動しているわけではない。
“配下の魔女”と位置を入れ替えるのだ。」
「つまり……配下がいれば、どこにでも行ける、ということですね。」
「そうだ。だから厄介だ。
彼女たちには大勢の従者がいる。
行きたい場所に配下を送り込み、瞬時に“自分”と入れ替わる。
どんな結界でも防げない。」
アナスタシアが眉を寄せる。
リセルは低く唸った。
「……まるで、影のようね。」
「影、か。」
フラムが頷く。
その言葉が意味深に響いた。
カテリーナが口を開く。
「つまり、カルナ様は西の魔女たちを止めに行ったのね。」
「そうだ。だが、ひとりで、だ。」
「なら、行かないと。」
健司の言葉に、全員の視線が向く。
彼は迷わなかった。
「カルナさんを助けるために。そして——野蛮な魔女たちを、救うために。」
その言葉に、フラムの口元がほころぶ。
「……やはりお前は、人間ではなく“光”だな。」
彼女は紫の炎を掲げた。
その光が、健司たちを優しく包み込む。
「この炎が、お前たちを導くだろう。」
塔の天井が開き、夜空が見えた。
星々の間に、紫の火が道のように伸びていく。
それは、カルナの炎。
彼女の魂が、まだこの世界を見守っている証。
健司たちはその光を見上げ、歩き出す。




