フラム対カテリーナ ― 炎の夢 ―
塔の上空に紫の雲が渦を巻いていた。
その中心から、紫炎が雨のように降り注ぐ。
——フラムの魔法、《パープルレイン》。
「う、うそ……こんな規模……っ!」
バーネが恐怖に顔を引きつらせ、ファルネーゼは青い炎を握りしめながらも後退した。
ヒシリエでさえ、震える声で叫んだ。
「おやめください、フラム様! この炎は、味方すら焼き尽くします!」
しかし、フラムの紅い瞳は揺るがない。
炎の王と呼ばれた魔女は、すでに覚悟を決めていた。
カルナの消失、王国の崩壊、そして今、訪れた異邦の男とアスフォルデの環の魔女たち——。
「もう遅い。抗う者には、裁きを下す。」
空が裂けた。
紫の炎が流星のように降り注ぎ、塔の大地を焦がす——はずだった。
だが。
熱くない。
炎が頬を撫でた瞬間、カテリーナの髪が柔らかく揺れた。
肌に触れた感触は、春の陽だまりのようなぬくもり。
ファルネーゼも、ヒシリエも、そして健司も目を見張った。
「……これは……温かい?」
フラムが眉をひそめる。
「何だ? なぜ、奴らは燃えない?」
健司が手をかざしていた。
周囲の炎の流れを読むように、指先で何かを編み上げる。
「僕が……変えました。
フラムさんの炎は、怒りの熱。だから……僕は、それを愛の炎にしたんです。」
「貴様……!」
フラムの声に、焦りと驚きが混じる。
「そんなことができるのは——」
「ええ、人間の魔法です。」
健司の瞳は静かに光っていた。
その背後から、黒い衣をなびかせてカテリーナが一歩、前に出る。
「ここからは、私の番ね。」
闇の波動が足元から立ちのぼる。
カテリーナの魔力が、黒い嵐となってフラムの前に広がった。
「ほう……カテリーナ。噂は聞いている。
実力だけなら最上位に並ぶ魔女だと。」
「なら、話は早いわね。」
闇と炎。
正反対の属性を持つふたりが、ゆっくりと距離を詰める。
塔の空気が震え、地面が溶ける。
互いの魔力がぶつかるだけで、空間が歪むほどだった。
「私の夢のために、あなたに勝つ。」
「夢、だと? 魔女に夢など必要ない。必要なのは力だ。」
フラムの周囲に再び炎が踊り出す。
今度は紫ではなく、紅・橙・黒、すべての炎が混ざり合う。
「これを喰らうがいい。——《炎極ルーム》!」
塔全体を包み込む、色とりどりの炎の結界。
空間の中心から爆発的な熱が生まれ、逃げ場はどこにもない。
ヒシリエたちが叫ぶ。
「カテリーナ、下がって! あれは数々の敵を滅ぼした禁術よ!」
しかし、カテリーナは微笑んだ。
彼女の闇が、全方位に広がっていく。
「——《ブラックアビション》。」
黒い光が、まるで夜そのもののように塔を包む。
炎が当たっても、燃えない。
それは“吸収する闇”だった。
「ばかな……それは何だ?」
「守りの魔法よ。」
「守り、だと? カテリーナ、お前は攻撃主体の魔女だろう!」
フラムが信じられないというように叫ぶ。
カテリーナは静かに首を振った。
「守りたい人がいるからね。」
その言葉に、健司が一瞬だけ彼女を見る。
カテリーナの背中が、まるで光って見えた。
——彼女が戦っているのは、勝利のためではなく“愛する者を守るため”だ。
フラムの炎が、なおも燃え盛る。
炎と闇が交錯し、光が生まれ、塔の空が真昼のように明るくなった。
その中心で、カテリーナは指を鳴らす。
「次は……《ブラックホール》。」
闇が一点に集まり、重力がすべてを吸い込んでいく。
フラムはそれを読み、瞬時に回避した。
だが、その一瞬の動きをカテリーナは読んでいた。
「《ブラックワープ》。」
空間が歪む。
避けたはずの炎が、逆にフラムの背後に出現した。
そして——
ドンッ。
フラム自身の炎が自分を包み込む。
爆発音が響き、塔の外壁が光で満ちた。
炎が消えた後、フラムは片膝をついていた。
その瞳からは、紫色の光がゆっくりと消えていく。
「……なるほど。……私の負けだ。」
炎の王が、静かに笑った。
その表情には、清々しささえあった。
長い年月、誰にも敗れなかった彼女の中に、ようやく“納得”という感情が芽生えていた。
「カテリーナ……お前の夢とは……何だ?」
カテリーナは息を整え、健司を見た。
健司はただ頷く。
その瞬間、彼女の声が響いた。
「——戦いのない世界。
愛する人を、誰も奪われない世界。
そのために、私は闇を使うの。」
フラムは、ゆっくりと目を閉じた。
まるでその言葉を、心の奥に刻むように。
「カルナ様が……この言葉を聞いたら、どう思っただろうな。」
炎が、風に溶けるように消えていく。
塔の中の熱も、静まりかえった。
バーネたちは唖然と立ち尽くし、ヒシリエは涙を拭った。
「フラム様……あなたがこんなにも穏やかな顔を……。」
「ヒシリエ、もう戦う時代ではないのかもしれんな。」
フラムは立ち上がる。
焦げ跡ひとつない床を見つめ、そしてカテリーナに言った。
「勝者としてではなく、同じ魔女として聞いてほしい。
——カルナ様は、生きている。」
「……何ですって?」
アナスタシアが一歩前へ出る。
健司も息をのんだ。
フラムは微笑む。




