闇の調停者
南へ向かう道の途中、夕暮れの光が木漏れ日となって森を照らしていた。
健司たちはひと休みするため、岩の影に腰を下ろしていた。ルナとミイナは近くの泉で水を汲んでいたが、健司はずっと考えていた。
あのとき、現れた魔女――リセル。
彼女の瞳には確かな哀しみがあった。
それは、誰かを本当に失った人間の、深い痛みの色だった。
「クロエ。……さっきのリセルって人、どんな人なんだ?」
健司の問いに、クロエは少し黙り、木の葉が風に揺れる音を聞いていた。やがて、静かに口を開いた。
「“闇の調停者”よ。リセルは、そう呼ばれているわ」
「……調停者?」
「ええ。闇の魔法を操りながらも、戦うことより、争いを止めることに力を使っていた魔女。あの谷では、昔から魔女同士の衝突も絶えなかった。でも、リセルだけは、いつも中立を保っていたの」
健司は意外そうな顔をした。
「じゃあ、なんで……僕に攻撃を?」
クロエはわずかに視線を落とす。
「……あの子は、人間に裏切られたのよ。昔、彼女には“彼”がいた。ある村で出会った青年。彼は魔女である彼女を受け入れて、信じてくれた。誰よりも――」
「……じゃあ、なぜ?」
「その村の女性が彼に嫉妬してね。リセルが魔女だと村に吹き込んだの。彼女が呪っている、って……。村の人々は恐れ、追放しようとしたわ。でも、彼だけは最後まで信じ続けた」
クロエの声は低く、どこか震えていた。
「だけど、村の襲撃で彼は命を落とした。リセルを守るためにね。……最後まで、“リセルは違う”って言い続けて」
「……!」
健司は胸が締めつけられるようだった。
リセルの冷たい視線。その裏にあった、消えない痛み。
「それ以来、リセルは人間と関わらないようになった。魔女を守るためには、感情を捨て、冷酷にならなきゃいけないって、自分に言い聞かせて」
「それが“調停者”なのに……?」
「ええ。皮肉よね。争いを止めていた子が、今では戦いを始める側にいる。でも……私は信じてるの。リセルの奥底には、まだ“あの頃”の優しさが残ってるって」
健司は黙って空を仰いだ。
橙色に染まった空が、ゆっくりと夜の帳を落とし始めていた。
「……だから、彼女、僕だけを狙ったんだ」
「そう。ルナやミイナには指一本触れず、あなたにだけ正確に攻撃を集中させた。あれは、本気で誰も傷つけたくない人の戦い方よ」
「でも……それでも、彼女は悲しそうだった。たぶん、自分でももう引き返せないって思ってる」
クロエは微笑んだ。かすかに、寂しそうに。
「あなたがそう思えるってことが、もう救いなのよ、健司。リセルが、もしどこかで立ち止まれる日が来るなら……あなたの言葉が、鍵になるかもしれない」
そのとき、泉のほうからルナとミイナが戻ってきた。
「健司ー! 水いっぱい持ってきたよ!」
「ごはんも、もうすぐ火が通るよー!」
2人の笑顔に、健司は笑って応えた。
「ありがとう、2人とも」
クロエはそっと目を閉じた。
――そう、彼女は願っていた。
この旅が、傷ついた魔女たちの過去を癒し、再び誰かを信じられる日へと導いてくれることを。
そして――
闇の調停者、リセル。
彼女の閉ざされた心が、再び光を見るその日まで。
健司の歩みは、止まらない。




