フレイムの塔 ― 長フラム
焦げつくような熱風が、塔の外壁を舐めていた。
紅の光が遠くまで揺らめき、まるで空そのものが燃えているように見える。
健司たちは、ようやく第3の守護者ヒシリエの炎壁を突破し、フレイムの中心――長が住まう塔の前へと辿り着いていた。
ヒシリエはその場に残り、傷だらけの体を支えながら、静かに彼らを見送った。
緑の髪が風に靡き、汗に濡れた頬に赤みが差していた。
「……健司、あそこに長がいるわ」
ヒシリエが指差した塔の最上階。そこには燃えさかるような紅の光が灯っていた。
「長って、フラムさんのことですか?」
「ええ……フラム様は、カルナ様の……唯一の弟子よ」
そう言うと、ヒシリエの表情がふっと揺れた。
頬がわずかに赤らむ。視線が、まっすぐ健司に向けられる。
その柔らかなまなざしに、健司は戸惑いながらも微笑んだ。
「ヒシリエさん……?」
「……あなたといると、心が穏やかになる。燃えた心が、静まるの。
魔女にとって、それは――初めての感覚なのよ」
ヒシリエの言葉は、どこか切なかった。
炎の国で生きる者が、炎を恐れたことなどない。だが今、彼女は“熱”ではなく“温もり”を感じていた。
そんな様子を見たクロエが、呆れたように笑った。
「しょうがないね。魔女って、ほとんど男に免疫ないから」
リセルも小さく頷く。
「そうね。人の温かさに触れること自体、禁忌とされてる世界だったから」
ヒシリエはそれを聞いて、恥ずかしそうに目を逸らした。
だが、その頬の赤みは消えなかった。
アナスタシアは、少し離れた場所で腕を組んでいた。
「フラムがいるとなると……厄介ね」
「フラム……?」
と健司が聞いた。
「炎の魔女であり、この国を束ねる王。
カルナがいなくなった今、フレイムを統べているのが彼女。
戦いを好まぬ私と違って、彼女は“誇り”を戦いで示す魔女よ」
その言葉には、長き因縁の響きがあった。
そして――。
塔の扉が、重々しい音を立てて開いた。
灼熱の光が溢れ出し、空気が一瞬にして変わった。
肌を刺すような熱量。息をするだけで肺が焼けるような感覚。
中から現れたのは、一人の女だった。
燃えるような紅の髪。琥珀色の瞳。
背後の炎がまるで意思を持つように彼女の周りで揺れ動いている。
「フレイムの王……フラム」
アナスタシアがその名を口にする。
フラムはゆっくりと彼らを見渡し、微笑んだ。
「久しいな、アナスタシア」
声は柔らかく、それでいて内に確かな熱を秘めていた。
「お前が人間を連れてくるとは思わなかった。
しかも――その周りにいるのは、“アスフォルデの環”の魔女達か」
フラムの視線が、クロエ、ミリィ、リセル達、そして健司に向けられる。
その瞳に宿るのは敵意ではない。だが、確かな警戒と、試すような光。
アナスタシアは一歩前に出た。
「フラム、あなたに話を聞きに来ただけ。荒らすつもりはない」
フラムの口元に、わずかな笑みが浮かぶ。
「話、だと?」
その声には、どこか懐かしさが滲んでいた。
炎の間の奥で、炎が揺れるたびに、フラムの姿が歪む。
それはまるで、カルナの面影を纏っているようにも見えた。
その時、ヒシリエが前に出た。
「フラム様、本当です。彼らは敵ではありません。信じてください」
フラムはその言葉に目を細めた。
「……ヒシリエ。お前がそう言うなら、耳を傾けよう。
だが、覚悟はしておけ。ここは“国の心臓”だ。私の炎は、この国そのものだ」
ヒシリエは静かに頷いた。
その後ろで、ファルネーゼやバーネたち、フレイムの守護者達も並んで頭を下げる。
フラムは、彼女らの姿を見て、深く息を吐いた。
「……そうか。来たるべき時が、今なのだな」
その言葉は、遠い過去を思い出すようだった。
「この国を守るためには――戦いは避けられぬと思っていた。
だが、お前達を見て、ほんの少しだけ……迷いが生まれた」
アナスタシアが静かに問う。
「フラム、あなたは何を恐れているの?」
フラムは紅い瞳で、アナスタシアを見つめ返した。
「恐れているのではない。知っているのだ。
“血統の魔女達”が、どこから来たのかを」
健司が眉をひそめた。
「どこから……?」
フラムの声は重く、低く響いた。
「西だ。
西の果て――“セールドール”からだ」
その名が出た瞬間、アナスタシアの表情が変わった。
周囲の魔女たちも一様に息を呑む。
「セールドール?」
「そうだ。
西から多くの者たちが逃げた。理由は一つ。
“狂った魔女”たちが、そこにいるからだ」
フラムの瞳が細くなる。
「私はカルナ様から聞かされていた。
自分達の欲望のために魔女たちが、いつか東へ侵攻してくると」
「だから私は、この塔を守ってきた。
カルナ様が消えた後も、炎を絶やさぬように。
いずれ訪れる“炎の夜”に備えるために」
その声には、王としての覚悟と、弟子としての哀しみが入り混じっていた。
アナスタシアは目を閉じた。
今もフラムの中に、あの師の記憶が生きている。
ヒシリエが小さく呟いた。
「フラム様……カルナ様は、まだどこかにいるのですか?」
フラムは目を伏せた。
その沈黙が答えだった。
健司が前に出た。
「フラムさん。僕たちは、誰かを倒したいわけじゃない。
ただ、もう一度――人と魔女が、手を取り合える世界を作りたいだけなんです」
その言葉に、フラムの炎が静かに揺れた。
「……人と魔女が、手を取り合う?」
フラムはかすかに笑った。
「カルナ様が昔、同じことを言っていたな」
アナスタシアが目を開ける。
その瞳の奥で、炎と氷が交わるように光が揺れた。
「健司ならできる。私はそう信じている」
フラムはその言葉を聞き、しばらく沈黙した。
やがて――紅い瞳が、柔らかく細まった。




