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魔女達に愛を  作者: リーゼスリエ
ヴェリシア編⑤守護者 ヒシリエ

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第3の守護者ヒシリエの叫び

緑の炎が消えた大地には、焦げたような静寂が漂っていた。

 風が吹き抜ける音すら、今は遠い。


 ヒシリエは地に膝をつき、肩で息をしていた。

 リセルの闇の剣が放った衝撃波は、体だけでなく心の奥にも深く刺さっていた。


 ――負けた。

 そう思った瞬間、胸の奥で何かが崩れ落ちた。


「……終わり、か」

 

ヒシリエはぽつりと呟いた。


 緑の髪が風に揺れる。燃え尽きた炎の残滓が、かすかに光を放って消えていった。


 その前に、ゆっくりとアナスタシアが歩み寄った。

 青い衣をまとい、氷のような瞳で、しかし今はどこか柔らかい表情をしていた。


「ヒシリエ、もういいわ。これ以上、無理をしないで」


「……アナスタシア。おまえに……だけは、負けたくなかった」

 

ヒシリエの声はかすれていた。

 その目には怒りではなく、涙が溜まっていた。


 彼女は震える唇で、叫ぶように言葉を吐き出した。


「アナスタシア――おまえが、あの時……塔を氷漬けになどしなければ!」


 空気が震えた。

 その一言で、場の温度が一気に下がる。


 アナスタシアは目を伏せた。

 ヒシリエの言葉は、過去を穿つ刃のようだった。


「……カルナ様が暴走したのは、あの時のせいだ。

 おまえがあの塔を凍らせたせいで、カルナ様は自分を抑えられなくなり、そして――この街から……姿を消した!」


 ヒシリエの叫びは、悲鳴のようでもあり、祈りのようでもあった。


 アナスタシアは一歩近づくと、静かに言った。


「……ごめんなさい」


 その声には、凍てつく氷のような冷たさではなく、春の雪解けのような温もりがあった。


「私は……若かったの。戦うことしか知らなかった。

 守ることよりも、恐れられることが力だと思っていた」


 アナスタシアの瞳に、過去の罪が映る。

 氷の塔、沈黙する仲間たち、凍りついた笑顔。

 あの時の自分が、どれほど傲慢だったかを思い知らされるようだった。


「だから、当主になってからは……戦いはしたくなかったの」


 ヒシリエは震える手で地を掴んだ。


「……変わったな。おまえがそんなことを言うなんて。

 あの冷たい瞳からは、何も感じなかったのに……今は……違う」


 その声には驚きと、わずかな安堵が混ざっていた。


「何が……おまえを、変えた?」


 アナスタシアは微笑んだ。

 その隣に立つ男――健司を見つめながら。


「彼に出会ってからよ」


 ヒシリエはその名を聞いて、ゆっくりと視線を向けた。

 健司は静かに立っていた。優しい目をして、戦いの終わりを見届けていた。


「健司……か」

 

ヒシリエの唇から、吐息のように名前がこぼれた。


「彼はね、私の凍った心を溶かしてくれたの。

 戦いの意味を、勝ち負けの先にある“赦し”を教えてくれたの」


 ヒシリエの胸が熱くなる。

 ファルネーゼが涙を流し、バーネが笑い、アナスタシアが心を開く――

 その姿が、今目の前で現実として存在している。


 クロエ、ミリィ、リセル、そして健司。

 その全員の目が、真っすぐアナスタシアを見ていた。


 ヒシリエは堪え切れず、ぽろりと涙をこぼした。


「そうか……バーネも、ファルネーゼも……みんな、そうだったんだな。

 おまえ達の言う“変わる”ってやつは、本当にあるんだな……」


 アナスタシアはそっと手を差し伸べた。


「ヒシリエ。あなたも、きっと変われるわ」


 ヒシリエはその手を見つめた。

 そして――健司がそっと彼女の手を握った。


「大丈夫です。変わるのは、怖くありません。

 でも、変わらないことのほうが、もっと怖いですよ」


 その言葉に、ヒシリエの瞳が大きく揺れた。


 温かかった。

 緑の炎でも、カルナの加護でもない。

 “人の手”の温もり。


「……温かい……。

 この感覚……久しぶりに……感じる……」


 ヒシリエはそのまま、涙を流しながら、そっと目を閉じた。

 彼女の炎は静かに消え、風だけがその場を通り抜けた。


 アナスタシアは空を見上げた。

 どこまでも高く、広い空。

 カルナの記憶が、そこにあるような気がした。



 一方その頃、王の間では――


 フラムは玉座に座り、報告の途絶えた戦況図を見つめていた。

 燭台の火が揺れるたびに、壁の影が不気味に歪んだ。


「……バーネ、ファルネーゼ、ヒシリエ。

 おまえ達まで……」


 唇がかすかに震える。

 その時、扉が静かに開いた。


 月のように白い髪をした女が入ってきた。

 片目を覆う黒いヴェール、手には長い杖を持っている。

 その存在だけで、空気が歪む。


「久しぶりね、フラム」


 フラムの眉がぴくりと動いた。


「……セイラ」


 野蛮な魔女の頂点――セイラ。

 その名を聞くだけで、多くの魔女が恐れた存在。


「来たのか。何の用だ」


「ちょっと顔を見に来ただけよ」

 

セイラは軽い笑みを浮かべた。

 しかしその目は、氷よりも冷たかった。


「聞いたわよ。健司って人間と、あのアナスタシア達がここに来てるんでしょう?」


「……そうだ。それがどうした?」


「無様ね」


 セイラの口調は、挑発のように甘く冷たい。


「カルナがいなくなってから、あなた達はずっと“正義”を名乗り続けてきたけど――

 もう、時代は終わりよ」


 フラムの手から、赤い熱が立ちのぼった。

 空気が歪む。王の間全体が燃えるような圧に包まれた。


「言いたいことは、それだけか?」


 セイラは微笑んだ。


「ふふふ……負けるわよ、フラム。あなた達は。

 “愛”を知ってしまった者は、戦えない」


 その言葉を残し、セイラの姿は煙のように消えた。


 フラムは立ち上がり、拳を握った。


「……カルナ様。あなたがいなくなってから、私は何を守ってきた?」


 その声は誰にも届かない。

 ただ、王の間の炎だけが静かに揺れていた。


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