ヒシリエ対リセル
燃えるような緑の風が、森を裂いた。
木々の葉が揺らめき、炎のように染まりながら空を覆っていく。
その中央に、緑の炎の魔女ヒシリエが立っていた。
彼女の瞳は、どこまでも冷たく、美しい。だが、その奥には確かな狂気があった。
そして、その向かいに立つのは――闇の調停者、リセル。
お互いの存在が、相手の呼吸だけで空気を震わせていた。
「ここが、お前の墓場になる」
ヒシリエの声が、静かに響く。
「グリーンフロア」
足元の大地が割れ、緑の炎が一面に広がった。
その炎は熱を持たず、代わりに“心”を焼いた。
――緑の炎は、心の奥に潜む痛みを映し出す。
それが壊れた時、炎は消える。
リセルはその中央に立ち、全身を炎に包まれていた。
だが、その表情は微動だにしない。
「リセル! 危ない!」
健司が叫んだ。
しかし、リセルは振り向きもせず、静かに答えた。
「大丈夫、健司。私は……何ともない」
その声は穏やかで、まるで覚悟そのもののようだった。
緑の炎が彼女に迫る。
リセルは片手を上げ、闇の魔法を発動する。
「ブラックウォール」
黒い影が広がり、壁のようにリセルを包んだ。
炎が触れた瞬間、影がそれを飲み込み、溶かす。
「ほう……やはり、“あの魔女”の弟子だけのことはあるな」
ヒシリエが口元を歪めた。
健司が眉をひそめる。
「あの魔女?」
「秩序の魔女――すべての均衡を司る存在だ」
その名を聞いた瞬間、リセルの目がわずかに揺れた。
「……どうして、それを」
「私はフラム様の側近だ。秩序の魔女がどれほど恐れられていたか、知っている。
お前のような弟子が存在していたことが、今も信じられないほどにな」
ヒシリエの声には、皮肉と敬意が混ざっていた。
次の瞬間――ヒシリエが両手を掲げた。
「グリーンイリュージョン」
風が止まる。
炎が揺れ、世界が変わる。
健司たちの視界が歪み、リセルの周囲に“何か”が現れた。
それは、人の形をしていた。
――村人たち。
「リセル……?」
健司は息を呑んだ。
リセルの目の前に、かつて彼女が滅ぼした村の人々が現れていた。
彼らは、怒りと悲しみに満ちた表情でリセルを見つめていた。
「なぜ……こんなことをした……!」
「子供たちを……返せ……!」
叫び声が、リセルの心を貫いた。
彼女の手が震え、唇が白くなる。
「やめて……もう、やめて……」
リセルは耳を塞いだ。
しかし、声は止まらない。
「お前が、私たちを殺したんだ!」
「正義の名の下に、私たちを!」
その瞬間、村人たちは緑の炎に包まれ――爆発した。
轟音が響き、光が森を飲み込んだ。
爆風で健司たちは地面に倒れこむ。
「リセルッ!!」
健司が叫ぶ。
煙の中、リセルの姿が見えなかった。
ヒシリエはゆっくりと手を下ろし、静かに言った。
「終わりだな」
だが――煙の向こうで、声がした。
「……終わってなどいない」
黒い光が、緑の中に立ち上がる。
リセルだった。
身体は傷ついていたが、その瞳は強く輝いていた。
「な……に?」
ヒシリエが驚く。
健司は思わず息をのむ。
リセルの身体を包む影が、まるで呼吸しているかのように脈動していた。
「リセル……!」
彼女は静かに微笑んだ。
「大丈夫、健司。私は、もう逃げない」
ヒシリエが構えを取る。
「立ち上がるか。ならば、もう一度――」
だが、健司が彼女の言葉を遮った。
「ヒシリエさん!」
その声は、まっすぐだった。
「あなたは、トラウマに囚われているんですね」
「……何を?」
ヒシリエが眉をひそめる。
「あなたはずっと、人の“心の弱さ”を見続けてきた。
だからこそ、トラウマを映す魔法を使う。相手の痛みを見せることで、自分の痛みから目を逸らしてる」
「ばかなことを……!」
ヒシリエの緑の炎が揺れた。
健司は一歩前に出る。
「それが、あなたの“戦い方”なんです。誰よりも人の心に興味がある証拠だ」
「黙れ! 人間風情が!」
ヒシリエが炎を振るった。
だが、リセルがそれを闇の壁で防ぐ。
闇と炎がぶつかり、轟音が走る。
リセルはその中で、静かに言った。
「……健司の言う通りね」
ヒシリエの手が止まる。
「あなたも、誰かを失ったのね」
その言葉に、ヒシリエの瞳が揺れた。
「カルナ様……」
かすかな声が漏れる。
「彼女を守れなかった。
あの時、炎が街を焼き尽くした。私は……何もできなかった!」
緑の炎が再び大きく燃え上がる。
その炎の中で、ヒシリエは泣いていた。
リセルはその炎の中心へ歩み寄る。
「ヒシリエ。あなたの痛みは、わかる」
「やめろ……!」
「でも、その痛みを誰かにぶつけても、何も戻らない」
リセルはそっと目を閉じ、闇の力を右手に集めた。
「……だから、私は終わらせる。
あなたの痛みも、私の罪も」
黒い剣が現れた。
「――《ダークソード》」
闇の剣が、光を裂いた。
緑の炎が悲鳴を上げるように燃え、やがて消えた。
ヒシリエはその場に膝をついた。
緑の髪が乱れ、瞳に涙が光る。
「なぜ……なぜ私を殺さなかった」
リセルは剣を消し、ただ静かに答えた。
「あなたは生きて、償うべきだから」
「償い……?」
「痛みを知る者だけが、人を癒せる。あなたの炎は、まだ人を守れる」
ヒシリエの唇が震えた。
健司が一歩前に出た。
「だから、僕たちと来てください。カルナさんのことも、あなた自身のことも……一緒に探しましょう」
ヒシリエは目を閉じた。
緑の炎が消え、風が静かに吹く。
「……愚かだな。人間にそんなことを言われる日が来るとは」
だが、その声には、微かに笑みがあった。
「いいだろう。次の戦いまでは、見届けてやる」
ヒシリエが立ち上がる。
空に散る光の粒が、緑から白へと変わっていく。
リセルはその姿を見つめ、静かに呟いた。
「……秩序の魔女、見ていますか。私は、もうあなたの弟子ではありません」
風が吹く。
黒と緑、二つの色が混ざり、そして消えた。
その先には、健司たちの新しい道が待っていた。




