ヒシリエとリセルの対峙
翌日、健司たちは北へと向かっていた。
北には、冷たい風と緑の光が混ざり合っていた。まるで、見えない炎が街そのものを覆っているようだった。
「……健司さん、そろそろ休もうか?」
ミリィが小さくつぶやいた。だが健司は首を横に振る。
「まだ大丈夫。焦る必要はないけど……立ち止まっても仕方ない」
歩きながら、健司はふと隣に並んでいたファルネーゼに声をかけた。
「ファルネーゼ、聞いていい? 僕たち……野蛮な魔女達に狙われてるけど、フラムと彼女たちは仲がいいの?」
ファルネーゼは長いまつげを伏せ、淡く笑った。
「良くないわ。彼女たちのほとんどは“血統”ではない。魔力も不安定で、愛よりも本能に従う。だから野蛮なこともできる」
「そうなんだ……よかった」
健司はほっとしたように微笑んだ。
だが、その穏やかな空気は突如として破られた。
――ボウッ。
足元の土が割れ、緑の炎が立ち上る。
風が一変し、空が淡く緑に染まる。
「ここから先には、行かせない」
声が響いた。
炎の中に立つ女――緑の髪、金の瞳。背筋がまっすぐで、周囲の風すら従っているようだった。
「第3の守護者……ヒシリエ」
ファルネーゼが小さくつぶやいた。
ヒシリエは、冷たい微笑を浮かべて言った。
「バーネ、ファルネーゼ、プライドはないのか? よりによってアナスタシアの味方になるとは」
「違う」
ファルネーゼは即座に言い返した。
「信じてみたいんだ。あの人を」
ヒシリエの瞳が鋭く光る。
「信じる? その女が何をしたか、忘れたのか? カルナ様がいなくなった原因を作ったんだぞ」
カルナ――その名を聞いた瞬間、ファルネーゼは唇をかんだ。
ミリィも不安そうに健司を見上げた。
「一体、何があったんですか?」
健司が問いかけた。
「さぁ、人間のおまえが知る必要はない」
ヒシリエは冷たく言い放つと、腕を横に振った。
緑の炎が広がり、道を塞ぐ壁が現れた。
「――《グリーンウォール》」
燃えているのに熱くない。だが、近づくと胸の奥が焼かれるような痛みが走った。
まるで“心”が炎に焦がされるようだった。
「この壁は、心を映す。迷いを持つ者は通れない。ファルネーゼ、そしてその人間……お前たちはここで終わりだ」
誰も動けなかった。
だが、次の瞬間――その緑の炎が、闇に溶けた。
「……!」
ヒシリエが目を見開いた。
闇が、静かに炎を包み込み、跡形もなく消していった。
炎の向こうに、黒い髪の女性が立っていた。
冷たい瞳、落ち着いた呼吸。
「リセル……」
健司がつぶやいた。
「私たちは前に行く」
リセルは短く言い放った。
「お前は――!」
ヒシリエが構えを取る。
「闇の調停者リセル。なぜお前がここに……そうか、正体を隠していたんだね。トップ20に入る魔女」
その言葉に、誰もが息を呑んだ。
ミリィの瞳が大きく揺れた。
「正体……?」
ヒシリエは口角を上げた。
「知らないのか? その女は、自分の決定にそぐわない村を五つ、滅ぼした女だ」
沈黙が走った。
ミリィは震える声で叫ぶ。
「嘘だよ! リセルは……組織の中でも、いつも仲裁してくれた人だよ。そんな酷いこと、するはずない!」
「嘘ではない。北では有名な話だ」
ヒシリエは冷たく言い放った。
「“黒き裁定者”。感情を持たず、ただ秩序のために命を切り捨てた女。お前がそれを知らなかっただけだ」
健司はリセルを見た。
だが、リセルの表情は変わらない。まるで過去を受け入れているようだった。
「……本当なの?」
健司が静かに問う。
リセルは少しだけ瞳を閉じ、そして答えた。
「……本当よ」
ミリィの目に涙が浮かぶ。
「なんで……そんなこと」
「守るためだった」
リセルの声は、どこか壊れたように淡々としていた。
「当時、ある方の命令で、村に行った。私は――止めた。ただ、それだけ」
「だが結果は、五つの村の消滅だ」
ヒシリエの声が刺さるようだった。
「お前は正しかったのか? それとも、自分を正しいと信じただけか?」
リセルは黙ってヒシリエを見つめた。
――風が止む。
二人の間に、見えない圧力が走った。
炎と闇、相反する魔力が大地を震わせる。




