第3の守護者 ― 緑炎の誓い ―
戦いが終わったあとの空気には、いつも不思議な静けさがあった。
風が吹き抜けるたび、焦げた石壁の匂いと共に、青い炎の残滓が消えていく。
その中心で、健司はファルネーゼに静かに声をかけた。
「ファルネーゼさん、愛は人それぞれです。
正しいとか、間違ってるとか、そういうことじゃない。
ただ……分かって欲しいだけなんです」
ファルネーゼは、燃え尽きたように肩を落とし、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳の青は、もう炎ではなかった。
深い夜のような静かな光が宿っていた。
「……健司、たしかにお前はどこか違うな。
戦いの中で人を信じられる者なんて、そうはいない」
健司は笑みを返した。
だがその直後、背後からカテリーナの小さな声が響いた。
「ねえ……なんか、やな予感がする」
エルネアが首を傾げた。
「やな予感って?」
カテリーナはそっぽを向きながら答えた。
「その……ファルネーゼの目つき。健司を見る目が……なんか乙女っぽい」
「はいはい、また嫉妬してるんだね」
リセルが笑いながらからかう。
「ち、ちがうっ!」
カテリーナは顔を真っ赤にし、健司の背中を軽く叩いた。
健司は困ったように笑い、話を戻した。
「ファルネーゼさん。伝説の魔女、カルナさんって本当にいるんですか?」
ファルネーゼは少し考え込んだ。
「今はいない。けれど……彼女の名は、炎の一族にとって“始まり”を意味する。
詳しいことは、フラム様が知っている」
「フラム……?」
健司はその名を聞いて、遠い記憶にあるカルナの話を思い出した。
炎の一族をまとめる者。その頂点に立つ、紅蓮の魔女。
その頃――。
同じ時刻、炎の塔の最上階。王の間には、荘厳な沈黙が満ちていた。
赤い玉座に腰掛けるフラムの前で、一人の魔女が跪いていた。
深い緑の髪を持ち、炎ではなく“光る緑の焔”を纏っている。
第3の守護者――ヒシリエ。
「フラム様。報告がございます」
フラムが顔を上げた。
その眼差しは、長き年月の重みを感じさせる静かな光を放っている。
「言え」
「……ファルネーゼが、破れました」
王の間が一瞬だけ静まり返った。
壁に刻まれた紋章の炎が揺れ、光がわずかに陰る。
フラムの指が玉座の肘掛けを軽く叩いた。
「何だと……あの子の青炎は、容易に消せるものではないはずだ。
アナスタシアと、あの人間……健司という男の力か」
「おそらく。彼の魔力は異質です。人でありながら、魔を拒まない。
まるで……炎の心を持っているようでした」
「……炎の心、か」
フラムは目を細めた。
まるで何かを思い出すように、わずかに笑みを浮かべた。
「皮肉なものだな。人の中に、魔女よりも純粋な炎を見るとは」
ヒシリエは、顔を上げた。
「フラム様。私が行きます。ファルネーゼの仇は、このヒシリエが必ず取ります」
「お前が行くのか」
「はい。緑炎の誓いにかけて。
ファルネーゼの青炎が激情なら、私の炎は理性。
燃やすためではなく、滅ぼすための炎です」
フラムは静かに頷いた。
「……分かった。お前の緑炎なら、あの連中でも突破は難しいだろう。
だが、油断はするな。アナスタシアは、ただの氷の魔女ではない」
「心得ております。あの女がかつて水の一族の当主になった時、私はまだ若かった。
命令の冷酷さを、この目で見た。
けれど同時に……あの目の奥には、孤独も見えたのです」
フラムは少し驚いたように彼女を見た。
「……お前ほどの者でも、そんな感情を見るのか」
「私は、復讐のために生きてはいません。
ただ、炎の一族の誇りのために立つのみです。
それが、フラム様に仕える理由です」
ヒシリエの声は落ち着いていた。
彼女の炎は静かに燃え、しかしその奥にある意志の力は凄まじい。
理性の炎――それが彼女の名を象徴していた。
「行け、ヒシリエ。お前の判断に任せる。
だが、忘れるな。……我々は、カルナ様の“遺志”を継ぐ者だ」
その名が出た瞬間、ヒシリエの瞳が一瞬だけ揺れた。
「……はい。カルナ様の名に恥じぬよう、必ずこの手で止めてみせます」
フラムは玉座に背を預け、遠くを見つめた。
その瞳の奥に、かすかな迷いが浮かぶ。
(カルナ様……あなたが言った“争いをやめろ”という言葉を、
私は未だに信じ切れない。けれど……この戦いの果てに、答えがあるのだろうか)
ヒシリエが王の間を去ったあと、残された炎の音だけが響いていた。
フラムは手を握りしめ、低く呟く。
「アナスタシア……おまえとの決着をつけねばなるまいな。
そして、あの人間――健司。
おまえが“炎の一族”に何をもたらすのか……見せてもらおう」
緑炎がゆっくりと灯る。
まるで新たな意思を象徴するように、燃えながら形を変えていく。
その炎は、怒りでも破壊でもなく、決意の炎だった。
その頃、塔の外では、健司たちが夜の野営をしていた。
空には、まだ青炎の名残が漂っている。
ファルネーゼは少し離れた場所で、焚き火を見つめていた。
その炎の色は、もう優しい橙に変わっていた。
「ねえ、健司」
「はい?」
「……ありがとう。私、今まで“燃やすこと”しか知らなかった。
でも、あなたに会って、“灯す”こともできるって、気づいた気がする」
健司は笑い、焚き火の薪を一本くべた。
火が柔らかく弾け、彼女の頬を照らす。
「その炎は、もう怒りの炎じゃありませんね」
「そうね。……誰かを守るための、炎かもしれない」
彼女の言葉に、アナスタシアが遠くから目を細めた。
その表情には、わずかな安堵と、懐かしさが混ざっていた。
しかし――その夜空のさらに高く。
北の塔の上で、緑の炎が風に揺らめいていた。
次なる守護者の気配が、確かに動き出していた。




