表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女達に愛を  作者: リーゼスリエ
ヴェリシア編⑤守護者 ヒシリエ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

175/185

第3の守護者 ― 緑炎の誓い ―

戦いが終わったあとの空気には、いつも不思議な静けさがあった。

 風が吹き抜けるたび、焦げた石壁の匂いと共に、青い炎の残滓が消えていく。

 その中心で、健司はファルネーゼに静かに声をかけた。


「ファルネーゼさん、愛は人それぞれです。

 正しいとか、間違ってるとか、そういうことじゃない。

 ただ……分かって欲しいだけなんです」


 ファルネーゼは、燃え尽きたように肩を落とし、ゆっくりと顔を上げた。

 その瞳の青は、もう炎ではなかった。

 深い夜のような静かな光が宿っていた。


「……健司、たしかにお前はどこか違うな。

 戦いの中で人を信じられる者なんて、そうはいない」


 健司は笑みを返した。

 だがその直後、背後からカテリーナの小さな声が響いた。


「ねえ……なんか、やな予感がする」


 エルネアが首を傾げた。


「やな予感って?」


 カテリーナはそっぽを向きながら答えた。


「その……ファルネーゼの目つき。健司を見る目が……なんか乙女っぽい」


「はいはい、また嫉妬してるんだね」


 リセルが笑いながらからかう。


「ち、ちがうっ!」

 

カテリーナは顔を真っ赤にし、健司の背中を軽く叩いた。


 健司は困ったように笑い、話を戻した。


「ファルネーゼさん。伝説の魔女、カルナさんって本当にいるんですか?」


 ファルネーゼは少し考え込んだ。


「今はいない。けれど……彼女の名は、炎の一族にとって“始まり”を意味する。

 詳しいことは、フラム様が知っている」


「フラム……?」

 

健司はその名を聞いて、遠い記憶にあるカルナの話を思い出した。

 炎の一族をまとめる者。その頂点に立つ、紅蓮の魔女。


 その頃――。

 同じ時刻、炎の塔の最上階。王の間には、荘厳な沈黙が満ちていた。


 赤い玉座に腰掛けるフラムの前で、一人の魔女が跪いていた。

 深い緑の髪を持ち、炎ではなく“光る緑の焔”を纏っている。

 第3の守護者――ヒシリエ。


「フラム様。報告がございます」


 フラムが顔を上げた。

 その眼差しは、長き年月の重みを感じさせる静かな光を放っている。


「言え」


「……ファルネーゼが、破れました」


 王の間が一瞬だけ静まり返った。

 壁に刻まれた紋章の炎が揺れ、光がわずかに陰る。

 フラムの指が玉座の肘掛けを軽く叩いた。


「何だと……あの子の青炎は、容易に消せるものではないはずだ。

 アナスタシアと、あの人間……健司という男の力か」


「おそらく。彼の魔力は異質です。人でありながら、魔を拒まない。

 まるで……炎の心を持っているようでした」


「……炎の心、か」


 フラムは目を細めた。

 まるで何かを思い出すように、わずかに笑みを浮かべた。


「皮肉なものだな。人の中に、魔女よりも純粋な炎を見るとは」


 ヒシリエは、顔を上げた。


「フラム様。私が行きます。ファルネーゼの仇は、このヒシリエが必ず取ります」


「お前が行くのか」


「はい。緑炎の誓いにかけて。

 ファルネーゼの青炎が激情なら、私の炎は理性。

 燃やすためではなく、滅ぼすための炎です」


 フラムは静かに頷いた。


「……分かった。お前の緑炎なら、あの連中でも突破は難しいだろう。

 だが、油断はするな。アナスタシアは、ただの氷の魔女ではない」


「心得ております。あの女がかつて水の一族の当主になった時、私はまだ若かった。

 命令の冷酷さを、この目で見た。

 けれど同時に……あの目の奥には、孤独も見えたのです」


 フラムは少し驚いたように彼女を見た。


「……お前ほどの者でも、そんな感情を見るのか」


「私は、復讐のために生きてはいません。

 ただ、炎の一族の誇りのために立つのみです。

 それが、フラム様に仕える理由です」


 ヒシリエの声は落ち着いていた。

 彼女の炎は静かに燃え、しかしその奥にある意志の力は凄まじい。

 理性の炎――それが彼女の名を象徴していた。


「行け、ヒシリエ。お前の判断に任せる。

 だが、忘れるな。……我々は、カルナ様の“遺志”を継ぐ者だ」


 その名が出た瞬間、ヒシリエの瞳が一瞬だけ揺れた。


「……はい。カルナ様の名に恥じぬよう、必ずこの手で止めてみせます」


 フラムは玉座に背を預け、遠くを見つめた。

 その瞳の奥に、かすかな迷いが浮かぶ。


(カルナ様……あなたが言った“争いをやめろ”という言葉を、

 私は未だに信じ切れない。けれど……この戦いの果てに、答えがあるのだろうか)


 ヒシリエが王の間を去ったあと、残された炎の音だけが響いていた。

 フラムは手を握りしめ、低く呟く。


「アナスタシア……おまえとの決着をつけねばなるまいな。

 そして、あの人間――健司。

 おまえが“炎の一族”に何をもたらすのか……見せてもらおう」


 緑炎がゆっくりと灯る。

 まるで新たな意思を象徴するように、燃えながら形を変えていく。

 その炎は、怒りでも破壊でもなく、決意の炎だった。




 その頃、塔の外では、健司たちが夜の野営をしていた。

 空には、まだ青炎の名残が漂っている。

 ファルネーゼは少し離れた場所で、焚き火を見つめていた。

 その炎の色は、もう優しい橙に変わっていた。


「ねえ、健司」


「はい?」


「……ありがとう。私、今まで“燃やすこと”しか知らなかった。

 でも、あなたに会って、“灯す”こともできるって、気づいた気がする」


 健司は笑い、焚き火の薪を一本くべた。

 火が柔らかく弾け、彼女の頬を照らす。


「その炎は、もう怒りの炎じゃありませんね」


「そうね。……誰かを守るための、炎かもしれない」


 彼女の言葉に、アナスタシアが遠くから目を細めた。

 その表情には、わずかな安堵と、懐かしさが混ざっていた。


 しかし――その夜空のさらに高く。

 北の塔の上で、緑の炎が風に揺らめいていた。

 次なる守護者の気配が、確かに動き出していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ