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魔女達に愛を  作者: リーゼスリエ
ヴェリシア編③カルナの炎

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カルナの去りし日 ― フラムの記憶

――炎の都ラグリオン。

 かつてこの街は、天を焦がすほどの炎に包まれた。

 燃え尽きた街並みの中で、人々は空を見上げ、ただ一人の名を叫んだ。


 カルナ。


 炎の一族の象徴、そして“すべてを燃やす女神”とまで呼ばれた魔女。

 その力は、もはや炎の域を越えていた。

 彼女が怒れば火山が噴き、涙を流せば炎が雨のように降った。


 あの日、炎と水の一族の戦いが再び勃発した。

 戦の中心にいたのは、氷の調停者──まだ齢15才のアナスタシア。

 彼女の冷たい魔法は、炎の一族の誇りを凍りつかせた。

 炎の塔が氷に覆われ、民が凍死した。

 その瞬間、カルナは――怒りのままに暴走した。


 空が裂け、赤い光が大地を呑み込んだ。

 氷は蒸発し、空気すら燃えた。

 その灼熱の中で、誰もが見た。カルナが狂気のように祈る姿を。


 「……炎よ、私を喰らえ。人の罪を燃やし尽くせ……」


 街は燃えた。

 敵も味方も、すべてが等しく炎に包まれた。


 フラムはその光景を、まだ若い頃に見ていた。

 恐怖と同時に、圧倒的な美しさを感じた。

 炎が、まるで“涙のように”見えたのだ。


 ――そして、数日後。

 街の半分は灰となり、残った者たちは瓦礫の中で再建を始めていた。

 カルナは沈黙していた。

 その姿を見たフラムは、どうしても話さずにはいられなかった。


 夜明け。

 まだ空が赤く染まる頃、カルナは静かに門を出ようとしていた。

 長い黒髪が炎の光を受け、ゆらりと揺れる。

 背に背負った杖は、かつて“炎の核”と呼ばれた神器。


 「カルナ様……!」


 声をかけると、カルナは振り返った。

 その瞳は燃えていなかった。

 むしろ、炎のような光をすべて吸い尽くしたような静寂があった。


 「フラムか……起きていたのね」


 「行かれるんですか? どこへ?」


 カルナは少しだけ微笑んだ。

 その笑みは、どこか儚く、そして決意に満ちていた。


 「もともと、争っている場合ではなかったのよ」


 「……どういう意味ですか?」


 カルナは振り返り、東の空を見た。

 夜明けの光がゆっくりと差し込み、炎の都を照らしている。


 「私たちは、もっと大きな災厄から逃げてきた。

  ――“西の狂った魔女達”からね」


 「西の……?」


 フラムは知らなかった。

 炎と水の争いの裏に、そんな存在があったとは。


 カルナの声が少し低くなった。


 「奴らは常に争いを好む。勝つためなら魂すら売る。

  今は静かにしているけれど、いずれ――この大陸全てを巻き込む戦が起こる」


 「そんな……じゃあ、なぜ……なぜ今、出て行くんですか!」

 

「だからよ」


 カルナは振り返った。

 炎の光の中で、その瞳は確かに輝いていた。


 「この街を守るためには、誰かが外に出て“見なければならない”。

  世界がどこへ向かっているのか、何がこの炎を狂わせているのか。

  私は、その答えを探しに行く」


 フラムは震える声で言った。

 

「……でも、この街はどうなるんですか? カルナ様がいなければ……」


 カルナは一歩、彼女に近づいた。

 そして、フラムの頬に手を当てた。


 「大丈夫。あなたがいるじゃない」


 「え……?」


 「フラム。あなたには、“静かな炎”がある。

  人を燃やさない炎。心を照らす炎。

  私はそれを見抜いた。だから、この街を託す」


 「わ、私が……?」


 「ええ。あなたならできる。私のように怒りに飲まれず、人を導ける」


 フラムの目に涙が浮かんだ。

 

「でも……でも私は、まだ弱いんです! カルナ様のように強くない!」


 カルナはそっと笑った。


 「強さとは、壊す力じゃない。

  守るために立つ心。

  あなたはもう、私より強い」


 その言葉に、フラムの胸が熱くなった。

 何かが、心の奥で燃え上がった。

 それは炎ではなく、希望だった。


 「カルナ様、行かないでください……!」

 

フラムは涙を流し、手を伸ばした。

 だが、カルナは首を振った。


 「私は、ここにはいられない。

  この炎が私の罪を燃やし尽くすまではね」


 「罪……?」


 「私が燃やした街。私が奪った命。

  あの炎は、私の心そのものだった。

  もう、誰かを傷つける炎を持つ資格はないの」


 そう言って、カルナは背を向けた。

 彼女の背中に、朝陽が当たった。

 その姿は、まるで一輪の炎の花が風に揺れるように美しかった。


 「カルナ様……!」

 

「フラム。もし、私がいなくなっても、炎を嫌いにならないで。

  炎は破壊の象徴ではない。命を灯す光。

  その意味を、いつかあなたが伝えて」


 そして、カルナは歩き出した。

 その歩みは静かだったが、一歩ごとに空気が震えるほどの存在感があった。

 彼女の周囲には、炎の粒が舞い、まるで花吹雪のように散っていった。


 フラムは膝をついた。

 

「カルナ様ぁぁぁ……!」


 カルナは振り返らなかった。

 だが、最後に風が吹き、遠くから声が届いた気がした。


 ――“フラム、あなたの炎は美しい”


 それが、フラムの記憶に焼き付いた最後の言葉だった。


 ***


 現在。

 フラムは、ラグリオンの玉座に立っていた。

 かつての炎の街は復興し、再び光を取り戻している。

 けれど、その中心に座る彼女の瞳には、いつも一片の影があった。


 バーネの報告を聞いた時、胸の奥がざわついた。

 “アナスタシア”という名を聞いた瞬間、長く封じていた記憶が甦ったのだ。


 ――そして、炎の壁が破られたという報告。


 フラムはゆっくりと立ち上がり、赤い髪を揺らした。

 窓の外に燃える空を見つめ、ぽつりと呟く。


 「カルナ様……あなたが言っていた“協力”の意味、ようやく分かりました」


 風が吹く。

 その風は、かすかに炎の香りを運んできた。

 それは、まるで彼女の言葉に応えるようだった。


 「生きておられるのですね……カルナ様」


 その瞳は、炎のように揺れていた。

 かつての教え子が、今や都を背負う女王となり――

 再び、炎と愛の真意を問い直す戦いが始まろうとしていた。

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