白い炎
夕陽に染まる赤き大地を越え、健司たちはゆっくりと歩を進めていた。
視界の先、炎の壁が陽光を反射して揺らめく。
燃え盛るように見えるそれは、まるで大地が呼吸しているかのようだった。
「ここが……炎の都、ラグリオン」
ヴェリシアがつぶやいた。
その瞳は懐かしさと緊張が混ざったように揺れている。
「すごいね。まるで炎が生きてるみたいだ」
健司が言った。
街を包む炎の壁は、ただの防御ではない。魔力の流れが脈打つように感じられる。
「この街は炎の一族が代々守ってきた場所。血で繋がる者しか通れない結界よ」
アナスタシアが冷静に言葉を続けた。
その声には懐かしさがあった。かつて敵対した相手との記憶が、胸の奥で疼いているようだった。
健司が彼女の横顔を見つめた。
焔のように照らされたその瞳には、戦いの覚悟と、どこか過去への痛みが宿っている。
「アナスタシア、君はこの街に来るの、久しぶりなの?」
「ええ。……昔、戦ったことがあるの。フラムと、その前の長とも」
ヴェリシアが驚いたように振り向いた。
「戦った?アナスタシアが?」
「そう。水の魔女として、炎の一族を鎮めるために。あの時、私は多くを凍らせたわ……」
アナスタシアは苦く笑った。
その笑みには後悔が滲んでいた。
そして、炎の壁をくぐった瞬間——。
まばゆい光が弾けた。
「——通れた!?」
リセルが目を見開く。
アナスタシアが水の魔力を拡げ、ヴェリシアの炎の魔力がそれを包み、ふたつの相反する力が調和して、炎の壁をすり抜けたのだ。
轟音が街中に響く。
警鐘が鳴り、兵たちが駆け寄ってきた。
「侵入者だ! 炎の壁が突破された!」
その声を聞き、ひとりの女が現れた。
長い赤髪を揺らし、燃えるような瞳を持つ女。背には炎の紋章が刻まれている。
「私はバーネ。炎の壁の守護者にして、ラグリオンの防衛を預かる者」
彼女の声は低く、だがよく通る。
その隣に立つ部下たちが、いっせいに魔法陣を展開する。
空気が焼け、熱が肌を刺した。
「何用に来た、アナスタシア?」
バーネは冷たく言い放った。
アナスタシアは静かに前に出た。
「ただ、炎の魔女に会いに来ただけよ」
「嘘を言うな!」
バーネの声が爆ぜる。炎のような怒りが迸る。
「お前がこの地に何をしたか、我々が忘れたと思うな!」
「何をしたの?」
健司が尋ねた。
アナスタシアは、かすかに目を伏せた。
「——水の一族と炎の一族は、長い間争ってきた。私は、その戦いを終わらせるために多くを凍らせたの。……そして、それが憎しみを生んだ」
沈黙が走る。
バーネは、剣のような目でアナスタシアを見据えた。
「貴様の『終わらせ方』は殺戮だった。炎の血を封じた女、それがアナスタシアだ!」
瞬間、バーネの手が振るわれる。
空間が赤く染まり、炎の槍がいくつも生まれた。
「ホワイトフレイム!」
その炎は白く輝き、通常の火とは違う。
燃焼ではなく、光そのものが焼き付くような魔法だった。
健司がとっさに剣を構えた。
だが、触れた瞬間に剣が熱を帯び、空気が歪む。
「健司、下がって!」
アナスタシアが叫ぶ。
しかし、炎の波はすでに襲いかかってきていた。
その時——。
「《クリムゾン・バースト》!」
ヴェリシアの両手から紅蓮の炎が噴き上がった。
彼女の炎は、白い光とぶつかり、轟音とともに消えた。
煙が晴れると、バーネが驚愕の表情を浮かべていた。
「何だ……その炎は……白炎を打ち消した……?」
ヴェリシアは一歩前に出た。
その瞳は揺らがず、炎の中に立ちながらも涼しげだった。
「私はヴェリシア。炎を使う魔女よ」
バーネの顔がゆっくりと歪む。
興奮と警戒の入り混じった表情。
「炎の魔女が……他に存在するだと? 外の世界に?」
「ええ。私はあなたたちの同族じゃないけど、教えてもらった。炎の温かさを」
バーネは黙った。
その言葉に、一瞬だけ、彼女の目が揺れる。
しかし、すぐに戦士の顔へと戻った。
「面白い。ならば、確かめさせてもらおう。その“炎”が、本物かどうか!」




