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魔女達に愛を  作者: リーゼスリエ
ヴェリシア編①炎の街フレイム

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ヴェリシアの過去



 夜のリヴィエールは、静かだった。

 昼間のざわめきが嘘のように消え、街を包むのは水の音と風のささやきだけ。

 窓の外では月が湖面を照らし、ゆらゆらと光の帯が波に踊っていた。


 健司はその光を眺めながら、部屋の中の気配に気づいた。

 ヴェリシアが静かに入ってきて、カップを二つ持っていた。


「眠れないの?」


「うん。なんとなくね」


「ふふ、私も」


 ヴェリシアは、健司の隣に腰を下ろした。

 彼女の銀の髪が月明かりを受けて、炎のように赤く光る。

 彼女の持ってきたカップからは、甘い香りが立ち上っていた。


「ミルクティー?」


「正解」


「ヴェリシアが淹れるの、珍しいね」


「……たまには、ね」


 ふたりは並んで、しばらく黙って月を見上げた。

 カップの縁から立ち上る湯気が、夜気に溶けていく。


 やがて健司が、静かに切り出した。


「ヴェリシア、過去に炎の魔女と何かあったの?」


 その言葉に、ヴェリシアの手が一瞬だけ止まった。

 けれど、すぐに小さく微笑みを浮かべた。


「……みんなと違って、大した話じゃないよ」


 そう言いながら、彼女は遠くを見た。

 瞳の奥には、どこか懐かしさと切なさが混じっていた。


「昔ね、私には家がなかったの」


「……え?」


「家族もいなかったし、住む場所もなかった。

 だから、街の路地で寝てた。冬の夜は寒くてね、体が震えて止まらなかった」


 健司は息を呑んだ。

 今のヴェリシアからは想像できない――その姿を。

 誰よりも落ち着いていて、誰かを導くように笑う彼女。

 その裏に、そんな孤独な過去があったとは。


「ある日、大雨が降ってた。

 屋根もなくて、濡れるのを我慢してたけど……もう動けなくなって。

 その時、目の前に“炎”が立ちはだかったの」


「炎?」


「そう。……真っ赤な炎の壁。

 “ファイヤーウォール”っていう魔法。

 それが、私の目の前に現れて、雨を防いでくれたの」


 ヴェリシアの声は、少し震えていた。

 それは恐怖ではなく、当時の温もりを思い出しているかのようだった。


「でも、炎は消えなかったんだよね?」


 健司が問うと、ヴェリシアは頷いた。


「そう。炎は燃え続けてた。

 普通なら、魔力が尽きれば消えるはずなのに。

 でも、その炎は違った。まるで、私を包むように……優しく燃えてた」


「その時、炎の魔女に会ったんだね」


「うん。

 彼女は“通りすがりの旅人”って言ってたけど、見ればすぐ分かった。

 あの炎の揺らぎ方、魔力の流れ――普通の人じゃない。

 それに、あの人の瞳。燃えるような赤色だった」


 ヴェリシアはカップを見つめたまま、少し沈黙した。

 やがて、かすかに笑って呟く。


「不思議な人だったよ。名前も教えてくれなかった」


「名前も?」


「うん。ただ、“炎は人を試す”って言ってた」


「人を試す?」


「ええ。

 炎は、触れれば痛い。けど、温もりもくれる。

 冷たい心を焼くことも、照らすこともできる。

 ――“炎をどう使うかで、その人の本質がわかる”って」


 健司は、その言葉を心に刻むように聞いていた。


「ヴェリシア、その時、何を思ったの?」


「……あの炎が、怖くなかった。

 むしろ、あたたかくて、ずっと見ていたかった。

 だから、その人にお願いしたの。――“私にも炎を教えてください”って」


「教えてくれたんだね」


「うん。

 最初は笑ってた。“おまえにはまだ早い”って。

 でも、毎晩のようにその人を探していたら……ある日、また来てくれて。

 小さな炎を見せてくれたの」


「それが、ヴェリシアの魔法の始まりなんだ」


 ヴェリシアは頷いた。

 目を閉じて、その時の感覚を思い出すように。


「ねぇ、健司。前に言ってたでしょ。

 “魔法は血統か、トラウマか”って」


「うん。そう思ってた」


「でもね、もう一つあるの」


「もう一つ?」


「“教えてもらうこと”」


 ヴェリシアの声が、静かに響く。


「誰かが、自分を見つけてくれて。

 誰かが、自分に魔法を教えてくれる。

 それが、“心の継承”なんだよ。

 私の炎は、あの人の教えを受け継いだものなの」


 健司は、胸の奥に温かい何かを感じた。

 ヴェリシアの炎は、力ではなく――“想い”の継承。

 だからこそ、彼女の魔法は優しく、痛みを包み込む。


「……その魔女に、もう一度会いたい?」


 健司の問いに、ヴェリシアは少しだけ寂しそうに笑った。


「おそらく、もういないと思う」


「どうして?」


「炎の魔女は、命を燃やして魔法を使う。

 その人も言ってた。“燃え尽きた炎は、二度と戻らない”って」


 健司は、何も言えなかった。

 ヴェリシアの笑みが、どこか無理をしているように見えたから。


「でもね」


 ヴェリシアは小さく続けた。


「気になるの。ラグリオンにいる“炎の魔女達”のこと。

 もしかしたら……あの人の血を継ぐ者がいるかもしれない」


「そうなんだ」


「うん。だから、行く意味はあると思う。

 ただ戦うためじゃなくて、確かめたいの。

 ――“炎は、まだ優しさを残しているのか”って」


 健司は頷いた。

 その瞳には、確かな決意が宿っていた。


「わかった。行こう、ヴェリシア」


「……健司」


「その答えを、一緒に探そう。あの人の教えが、今も生きてるかどうか」


 ヴェリシアは微笑み、そっと健司の肩にもたれた。

 窓の外では、月が雲に隠れ、再び顔を出す。

 まるで炎が、静かに瞬くように。


 その夜、健司は眠る前に、ヴェリシアの言葉を思い返した。


 “炎は、人を試す。”

 “どう使うかで、その人の本質がわかる。”


 それは、セイラや野蛮な魔女達にも通じる言葉だった。

 愛を否定し、力で支配する者たち。

 彼女たちの“炎”は、果たして何を燃やしているのだろう。


 健司は目を閉じた。

 心の奥に、赤い光が灯る。

 それはヴェリシアの炎でもあり――彼自身の“決意の火”でもあった。


 朝が来れば、また歩き出す。

 北東、炎の都ラグリオンへ。

 新たな出会いと、過去の真実を求めて。


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