炎の魔女達
ホワイトヴェル――。
かつて、ブラッジが治めていた堅牢な街。
冷たい風が吹き抜けるこの高原の街は、今や異様な熱気に包まれていた。
灰色の石造りの建物には黒い紋章が刻まれ、街の中央にある塔には、赤黒い炎が絶え間なく揺れている。
その塔の最上階。
黒曜石の床に、9人の魔女が集まっていた。
野蛮な魔女の幹部達――ルネイア、シミラ、マリエ達幹部、そしてその頂点に立つ女。
「――まさか、レディアが生きているとはね。」
最初に口を開いたのはルネイアだった。
彼女は椅子の背にもたれながら、爪先で床を軽く叩いていた。
「異常だな、あの男は。」
マリエがため息混じりに言う。
「なかったことにする魔法……あれ、本当に存在するの?」
シミラがにやりと笑う。
「存在するさ。私は見た。あれは“修復”じゃない、“否定”の魔法。過去そのものを無かったことにする……そんな狂った力、誰が持てる?」
ルネイアが目を細めた。
「人間で、しかも男で……信じられない。」
その時、奥の扉が勢いよく開いた。
「――健司。」
鋭い声が部屋を切り裂いた。
現れたのは、野蛮な魔女の王、セイラ。
赤紫のローブを翻し、金の装飾を散りばめた衣装の裾を引きながら、ゆっくりと中央へ進み出る。
彼女の目は、まるで燃えるような赤。
その中に宿るのは、怒りと嫉妬、そして抑えきれない憎悪だった。
「救って見せる、だと? ――私を?」
セイラの声が低く響いた。
「人間風情が、魔女を“救う”だなんて。どこまで私達を侮辱すれば気が済むの?」
ルネイアがそっと一歩前に出た。
「セイラ様、落ち着いてください。今は……」
「落ち着け、ですって?」
セイラはルネイアをにらみつけた。
「私は落ち着いているわよ。――ただ、少し、いいことを思いついただけ。」
マリエが眉をひそめる。
「まさか、また……?」
セイラは唇の端を歪めた。
「そう。掠奪してみようと思って。」
「リヴィエールを、ですか?」
ルネイアが問う。
セイラは首を振った。
「違うわよ。」
部屋に沈黙が走った。
セイラの赤い唇から、次の言葉が静かに落ちた。
「――健司を、奪うの。」
一瞬、全員が息を呑んだ。
マリエが思わず口を開いた。
「な、なぜ……? 彼を奪ってどうするんですか?」
セイラはくるりと振り返り、塔の外の遠く離れた炎を見つめた。そして、健司達がいるとされるリヴィエールを見つめた。
「奴らは、健司を“愛している”のだろう? クロエも、リセルも、アスフォルデの環の魔女達も。」
彼女はその言葉を吐き捨てるように言った。
「なら、奪うよ。その“愛”を。」
沈黙が再び落ちる。
セイラの周囲の空気が、じわりと黒く染まっていく。
「愛は脆い。ひとりが傷つけば、全てが崩れる。
信頼も、絆も、そして希望さえも。」
ルネイアは小さくため息をついた。
「……相変わらず、ボスですね。」
セイラは楽しそうに笑った。
その笑いは狂気と美しさが混じり合い、どこか悲しい音をしていた。
「待っていろ、健司。」
「愛が憎悪に変わる瞬間を、見せてあげる。」
そう言い放つと、セイラはゆっくりと窓辺に歩み寄った。
ホワイトヴェルの街を見下ろすその瞳には、遠くの紅い光――炎が映っていた。
――あの地の向こうには、炎の魔女達の国・フレイムがある。
マリエがそっと呟いた。
「炎の魔女達は、どうしますか? 彼女達、今も中立を保っていますけど。」
「関係ないわ。」
セイラは即答した。
「炎の魔女達は傲慢すぎる。己の信念以外は何も信じない。私達とは違う。」
ルネイアが少し笑った。
「野蛮と炎……似ているようで、違うんですね。」
セイラは目を閉じた。
「違うわ。私達は“奪う”。あいつらは“燃やす”。
でも――どちらも、愛とは程遠い。」
再び、炎が塔の周囲を包み込む。
セイラの背中に、紅蓮の光が反射した。
「次に奪うのは、心そのもの。」
彼女の瞳が光を宿した瞬間、床の魔法陣が淡く輝いた。
各幹部の影が、ひとつひとつ消えていく。
マリエが最後に問いかけた。
「ボス、奪って……それで?」
セイラは笑みを浮かべたまま、振り返らなかった。
「壊すのよ。愛も、希望も、そして――健司の心も。」
その声と同時に、光が発したように見えた。
遠く離れたラグリオンの街でも、その光はかすかに見えていた。
そこでは、炎の魔女達が集い、異変に気づき始めていた。
赤い空を見上げながら、フレイムの長――フラムが低く呟く。
「……野蛮の火が、絶望を呼ぶか。」
その目には、冷たい炎が宿っていた。
「だが、この炎は誰にも消せない。」
野蛮の魔女達の動きが、炎の国をも巻き込もうとしていた。
愛と憎悪、救いと破壊――
そしてその中心には、
一人の人間――健司の存在が、確かにあった。




