野蛮な魔女達
朝日がカリストの街を金色に染めていた。
冷たい風が吹き抜け、白い雲が流れていく。
その風の中で、健司は一人、石畳の上に立っていた。
カリストの街は、前夜の祝杯の名残を残したまま、静かな朝を迎えていた。
昨日までの喧騒が嘘のように穏やかで、鳥の鳴き声が遠く響く。
そこに、白いマントをなびかせてリーネが現れた。
「帰ろっか?」
リーネの声は晴れやかだった。
健司は微笑み、頷いた。
「うん。ありがとう、リーネ。」
「何が?」
とリーネが首をかしげる。
健司は少し考えてから、ゆっくりと答えた。
「使いたくない魔法を使ってくれて。アンチヒール、だよ。」
リーネは視線を少し逸らした。
その目に映る朝日は、どこか懐かしげで、苦しげでもあった。
「……確かにね。あれは使いたくなかった。けど、悪い気がしなかったの。」
「悪い気がしなかった?」
「うん。多分、あの時だけは、誰かのために力を使えた気がしたから。」
リーネの声は、静かに風に溶けた。
健司は一歩、近づいた。
「リーネの帰る場所は、ここにあるよ。」
リーネは一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、すぐに優しく笑った。
「ありがとう。でも、正確には――健司がいる場所が、私の帰る場所かな。」
健司は何も言えなかった。
胸の奥が少しだけ熱くなった。
リーネの瞳が、まっすぐに自分を見つめていたから。
「……僕も、そう思ってる。」
その言葉に、リーネの瞳が震えた。
そして彼女は、そっと歩み寄り、健司の胸に手を当てた。
「ありがとう、健司。」
そのまま、彼に抱きついた。
温もりが、朝の冷気の中で確かに感じられた。
時間が止まったように思えた。
遠くで鐘が鳴り、人々の生活の音が始まりだしても、
この瞬間だけは、静寂の中に閉じ込められていた。
やがてリーネは離れ、微笑んだ。
「帰ろう。きっと、あなたは――もっと多くの人を救う人になる。」
健司は頷き、リーネと共にクロエ達のところへ向かった。
その時だった。
――地鳴りのような音が、カリストの西から響いた。
街の上空を黒い光が走り抜けた。
瞬間、魔力が弾ける音がして、あたりの空気が変わった。
「何だ?」
健司が振り返ると、カリオペとレディアが、慌てた様子で走ってきた。
その表情は蒼白で、ただ事ではないことが一目でわかった。
「カリオペさん!どうしたんですか?」
カリオペは荒い息を整えながら、言葉を紡いだ。
「――野蛮な魔女達が、ホワイトヴェルを占拠した。」
「なっ……!?」
リーネが息を呑んだ。
ホワイトヴェル――それは、カリストの西、大陸の中央にある街。
もしそこが落ちたのなら、次は――
「これを見て。」
カリオペが手にしたのは、透明な水晶だった。
水晶が淡い光を放ち、空中に像が浮かび上がる。
ホログラムの中には、見覚えのある姿――野蛮な魔女達が並んでいた。
その中央に立つのは、セイラ。
邪悪でありながらも、美しく、どこか悲しげな眼差しを持つ魔女。
彼女は薄く笑みを浮かべ、まっすぐこちらを見つめていた。
『――健司、ここまで来るがいい。』
『愛を否定してあげる。あなたの理想も、優しさも、全部無駄だったと証明してあげる。』
彼女の周りには、マリエ、シミラ、ルネイア、そして他の幹部達。
皆、漆黒の装束に身を包み、狂気じみた笑みを浮かべていた。
『来ないのなら、リヴィエールを潰す。ルナ、ミイナだっけ?ふふふふふふ……』
音が途切れ、水晶が砕けた。
沈黙が走った。
誰もが言葉を失った。
最初に声を上げたのは、カテリーナだった。
「……奴ら、どこから一体!」
彼女の目には怒りの炎が宿っていた。
ソレイユが拳を握りしめる。
「許せない……健司さんの優しさを、愚弄するなんて!」
セレナも震える声で言った。
「ホワイトヴェルには、民もいるのよ。無関係な人達まで……!」
リーネが唇を噛みしめた。
「セイラ……あの女は、もう自分を止められない。」
健司は、静かに一歩前へ出た。
そして、全員に向けて言った。
「――セイラ達も、救って見せる。」
その言葉に、誰もが息を呑んだ。
リーネは目を見開き、クロエとリセルは顔を見合わせた。
「救う……?あんな連中を?」
カテリーナが叫んだ。
「奴らはもう、人の心を持ってない!」
「それでも。」
健司の声は強く、揺るがなかった。
「彼女達も、かつては誰かを愛していた。
その愛が壊れたからこそ、今がある。
なら、僕は――もう一度、それを取り戻してあげたい。」
沈黙の後、リーネが微笑んだ。
「……ほんと、あなたって人は。」
そして、静かに言葉を続けた。
「セイラを救えるのは、あなただけかもしれない。」
健司は頷き、夜明けの光を見上げた。
空は紅く染まり、西――ホワイトヴェルの方向が、わずかに見えていた。
「まずは、帰ろっか、リヴィエールへ。」
その言葉に、仲間達が頷いた。
カテリーナ、リーネ、クロエ、リセル、セレナ――
そして、リズリィ達も続く。
彼らは一つの隊となって、再び旅立つ。
――救うために。
――愛を証明するために。
――そして、セイラの心を取り戻すために。
風が吹いた。
リーネは最後にもう一度、健司の背中を見た。
(ああ……やっぱり、あなたがいる場所が、私の帰る場所だね。)
そう心の中で呟きながら、
彼女もまた、歩き出した。
帰る場所、リヴィエールへと。




