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魔女達に愛を  作者: アモーラリゼ
アスフォルデの環②リセル

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次に立つ者

魔女の谷。

岩壁に囲まれたその谷は、外界の光を拒むように静まり返っていた。

昼でも薄暗いこの地は、魔女たちにとって“安息の棲み処”であると同時に、“人間を拒絶する意志”の象徴でもある。


ヴェリシアとローザが、谷の中心にある石造りの広間に戻ったのは、夕暮れ時だった。


二人は疲れ切っていた。

ローザの袖は焦げ、ヴェリシアの長い髪には焦土の匂いが染みついていた。


広間にいた魔女たちが、無言で視線を向ける。

石座に座すリーダー、エルネアが立ち上がった。


「……戻ったか。どうだった?」


ヴェリシアはゆっくりと頭を下げた。


「……確かに、噂以上の存在です。健司という人間は、ただの“同情者”ではありません。私たちの力を理解したうえで、それを上回ろうとしていた。……言葉で、そして行動で」


ローザも歯を食いしばるようにして言った。


「アイツは、ただ守るだけじゃない。人を信じさせるんだ。魔女にすら。……ミイナも、クロエも、完全に心を掴まれてた」


魔女たちがざわめいた。


「……クロエまで?」


「彼女が人間といるなんて……!」


石座の上、エルネアは沈黙したまま、二人の報告を聞いていた。


やがて、低く言い放つ。


「想像以上に厄介だな。力ではなく、心で魔女たちを動かす者……それがどれほど恐ろしいか、わかっていないようだな、人間は」


谷に漂う空気が一層、重くなる。


魔女たちの視線がエルネアに集まる中、ゆっくりと歩み出る一人の魔女がいた。


薄紫のローブ、背筋を伸ばしたその姿に、周囲の魔女が自然と道を開ける。


「ならば、次は私が行こう」


静かに、だが確固たる声だった。


エルネアの目が、その魔女に向けられる。


「……リセルか」


リセル。

“夜の調停者”と呼ばれる魔女。

彼女は対話を重んじるが、その静けさの奥には、冷徹な判断力と容赦なき魔術が潜んでいる。過去、いくつもの反乱を“穏やかに”鎮めてきた。


「力で屈しないなら、理で縛るまでです。あなたがおっしゃる通り、健司という人間は“心”を使って魔女に近づく。それは……最も厄介な侵略の形。防御ではなく、浸食です」


「……」


「彼の思想が広まれば、この谷の在り方そのものが揺らぐでしょう。今は小さな火種でも、やがて大地を裂く炎になります」


ヴェリシアが口を挟む。


「ですがリセル様、彼は敵意を持ってはいません。むしろ……」


「敵意を持たない侵略ほど恐ろしいものはないわ。笑顔の裏に刃を隠すのが、人間という生き物の本質よ。……あなたも忘れたの、ヴェリシア?」


ヴェリシアは黙り込んだ。


リセルはゆっくりとエルネアの前に膝をつく。


「どうか、お許しを。私に、この者の本質を見極めさせてください。もし、彼が真に“魔女の味方”であるというのなら――それを確かめたうえで、裁きを下します」


エルネアはしばらくの沈黙の後、ゆっくりと頷いた。


「よかろう。リセル、お前に任せる。ただし――」


その言葉に、リセルの視線が上がる。


「必要ならば、戻らずともいい。その人間の真意が、魔女たちにとって毒だと判断したのなら、その場で……消せ」


魔女たちの間に、緊張が走った。


だが、リセルは顔色一つ変えず、頭を下げた。


「了解しました」


ローザが息をのむ。


「……リセル様、それほどまでに……!」


リセルは一度だけ、ローザに目を向けた。


「あなたたちでは、心が揺れる。クロエという存在が、それを象徴している。……私は、違う」


エルネアが再び石座に座り直す。


「ならば、行け。リセル。――魔女の誇りにかけて、人間に“現実”を示してこい」


魔女たちが静かに道を開き、リセルは谷を後にする。


その背には迷いはなかった。

彼女の瞳には、ただ一つの意志だけが灯っていた。


――心で魔女を変えるなど、ありえない。

――幻想は、私が砕く。


一方その頃、健司たちは南へ向かっていた。

まだ見ぬ「住処」へ、そして――新たなる試練へ。


リセルの影が、確かに彼らに迫っていた。

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