表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女達に愛を  作者: リーゼスリエ
リーネ編⑧救出

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

158/192

決断

野蛮な魔女たち――セイラが去った後、戦場には深い静寂が訪れていた。

 空気は重く、血の匂いと焦げた魔力の残滓が混ざり合っている。風が吹いても、煙が立ち昇るだけで何も動かない。


 健司たちはその場に倒れ伏していた。

 立ち上がろうとしても、体が言うことをきかない。反転の魔法――セイラが最後に放ったあの呪文が、肉体と魔力の流れを逆転させているのだ。回復魔法を使えば傷が深くなり、動こうとすれば痛みが倍増する。


 健司は奥歯を噛みしめた。

(……これじゃ、誰も助けられない)


 カテリーナはうつ伏せのまま、必死に指を動かしていた。


「くっ……体が……動かない……」

 

唇を噛み、血が滲む。それでも、健司のほうを見ようとしていた。


 クロエが荒い息を吐いた。


「反転魔法……最悪ね。普通の治癒も、魔法強化も全部裏目になる。」


「そんな……じゃあ、どうすれば……」

 

リセルが弱々しく問う。


 沈黙が降りた。誰も答えられない。

 健司は、地面に手をついた。

 冷たい土の感触が、生きていることをわずかに思い出させる。


(どうすれば……この状況を、変えられる?)


 考えろ。焦るな。必ず、道はある。

 心の中で繰り返す。

 ――その時、低い声がした。


「お前の魔法では、どうにもならんのか?」


 声の主はブラッジだった。

 大柄な体を横たえながらも、彼の瞳はまだ鋭く光っていた。血に濡れた胸が上下している。もう長くはもたないだろう。


 健司は顔を上げた。


「……三人までなら、僕の魔法で“なかったこと”にできます。でも、それ以上は――」


「限界か」

 

ブラッジは微笑を浮かべた。


「なら、それで十分だ」


 その言葉の意味がわからず、健司は眉をひそめた。


 ブラッジはゆっくりと体を起こし、リーネのほうを見た。

 彼女は青ざめ、魔法陣を維持するだけでやっとの様子だった。


「リーネ。お前の“アンチヒール”を、俺にかけてくれ」


「な、何を言ってるんですか!? そんなことしたら――」


「俺に全部、移せ。みんなの傷を、俺にだ」


 リーネの顔が真っ白になった。


「無理です! そんなことをしたら、あなたが――!」


 ブラッジは笑った。


「いい。気にするな。それに――お前らなら、西の“化け物の魔女ども”にも通じる」


 その言葉に、カリオペが目を見開く。


「あなた……まさか……」


「気づいてたさ。最初から、俺が長くないことも、あの魔女たちがこの地を“試している”こともな」


 ブラッジは目を閉じ、ゆっくりと息を吐いた。


「戦争の時代を生きてきた。奪うしか知らなかった。……だが、健司。お前たちを見て思ったんだ」


「何を、ですか」


「……守るってのは、悪くないな、ってな」


 静かな笑みだった。

 その瞳には、かつて戦場で多くの命を奪ってきた者とは思えない、穏やかな光があった。


 リーネの頬を涙が伝った。


「わかりました……でも、絶対に後悔しませんね?」


「しねぇよ。どうせもう、残りは短ぇ」


 リーネは震える手で魔法陣を描く。

 黒い光がブラッジを包み、周囲の仲間たちへと伸びていく。

 彼らの傷が、痛みが、血が、ゆっくりとブラッジの体に吸い込まれていく。

 皮膚が裂け、筋肉が焼けるように赤く染まる。

 それでも彼は、歯を食いしばって耐えていた。


「……これで……少しは……動けるだろ」


 健司は立ち上がろうとしたが、ブラッジが手で制した。


「お前は動くな。最後まで、見てろ」


 リーネの魔法が終わる。

 ブラッジの体はもう、血に染まりきっていた。

 だが、その表情には苦痛はなかった。



 リーネがそっと近づき、ブラッジの胸に手を当てた。


「最後に……癒しを、あなたに」


 柔らかな光が彼を包む。

 痛みは消え、冷たさだけが残る。


「……心地よい……」

 

ブラッジは目を閉じた。

 穏やかな表情のまま、息を引き取った。


 風が吹き抜け、焼けた大地の上に静けさが戻る。

 セレナが泣き、リーネが声を殺して祈り、クロエは黙って空を見上げていた。

 健司はそっと膝をつき、ブラッジの手を握る。


「……ありがとう」


 その言葉だけが、やけに遠く響いた。


 ――空が、少し明るくなってきた。

 雲の隙間から、朝の光が差し込む。

 血に染まった地面を照らし、まるで新しい始まりを告げるように。


 カリオペが立ち上がり、風に髪をなびかせた。


「帰りましょう、健司。……カリストへ」


「……ええ」


 彼らの旅は、まだ終わらない。

 西に潜む“化け物の魔女”たち。

 そのすべての糸が、少しずつ交わり始めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ