孤高の魔女ルメ
炎のような赤髪が、漆黒の空間を切り裂いた。
派手な衣装を纏い、孤独と誇りを宿した瞳を持つ女が、一歩踏み出す。
「……そこまでだ」
その声は静かに、しかし絶対の響きをもって監獄全体を揺るがした。
「おまえ……ルメ」
セイラの口から、押し殺したような声が洩れる。
孤高の魔女。
かつて数多の魔女を翻弄し、味方を持たず、ただ己の信じる道を歩んだ孤高の存在。
だがいま――彼女は健司の隣に立ち、剣を向けるのではなく、背を護る立場で立っていた。
「孤高の魔女……が味方に……」
クラリーチェもリズリィも、信じられないといった顔をしていた。
セイラが嗤う。
「くだらない……くだらないな。ルメ。おまえらのくだらない喧嘩が、すべての元凶だろう。それが今の西の現状だ。忘れたとは言わせないぞ!」
その声には、憤怒と悲嘆が入り混じっていた。
ルメはしばし沈黙した後、ほんの一瞬だけ寂しげに微笑み、悲しそうに頷いた。
「……あの人の代わりはいないんだ」
その言葉を聞いた瞬間、セイラの瞳が大きく見開かれた。
そして次の瞬間、絶望と怒りが混じった叫びが、監獄を震わせた。
「それでも……! それでも私は……!」
ルメは、その叫びをただ真正面から受け止めた。
そして、ゆっくりと返す。
「それでも――信じたいんだ」
沈黙。
野蛮な魔女たちの中でさえ、その言葉の重みは誰も嘲笑できなかった。
セイラは一歩退き、顔を歪める。
その時だった。
重厚な靴音が廊下に響き渡る。
そして、監獄の入口から新たな影が現れた。
「……潮時のようだな」
荘厳な声と共に姿を見せたのは、カリオペ。
その背後には、カリオペの側近たち――グルバル、ハートウェルらの姿があった。
「カリオペ……!」
クラリーチェの顔が険しくなる。
カリオペは冷たい笑みを浮かべ、視線を監獄の奥に向けた。
「レディアは……どこにいるでしょうか?」
その笑みはぞっとするほど邪悪で、まるで全てを見通しているかのようだった。
健司は一歩踏み出し、その視線を真っ向から受け止めた。
「……あなた達も救ってみせる」
その言葉に、一瞬場が凍り付く。
セイラでさえ目を見開き、揺れ動く心を抑えきれなかった。
「救う……だと? くだらない。無駄だ」
セイラは強く言い放つ。
だが、その声には迷いが混じっていた。
――かつて失ったもの。
――手にできなかったもの。
健司の言葉は、セイラの奥底の何かを揺さぶっていた。
その動揺を悟られまいとするように、ルネイアが声を張り上げる。
「ここまでだ! 野蛮な魔女達、撤退する!」
次の瞬間、マリエが詠唱を完成させる。
「時空魔法――帰還の門」
空間が歪み、野蛮な魔女達の身体が黒い渦に呑まれていく。
セイラもまた、最後に健司を鋭く睨みつけ――そのまま消え去った。
「待て!」
リズリィが追いすがろうとするが、マリエの魔法の前には抗えなかった。
監獄に残されたのは、健司たちとカリストの魔女たち。
そして……。
「……気づいたか」
ルメが小さく呟く。
健司は静かに頷いた。
「レディアさんは……カリストだ」
その言葉に、カリオペの瞳が鋭く光った。
「なに……?」
クラリーチェが息を呑む。
健司は説明するように続けた。
「セイラさんがレディアさんに化けていた……最初から違和感があった。ブラッジさんと直前まで話していたはずのレディアさんを、彼が“気づかない”はずがない。入れ替わったんだ。転移魔法で」
その推理に、リセルもクロエも凍りついた。
「そんな……! 最初から入れ替え……!」
リズリィが唇を噛む。
「野蛮な魔女……恐ろしい奴らだ」
カリオペは初めて、心の底から動揺を見せた。
「……な、なんだと? ならば……すぐに引き返さねばならぬ!」
彼女は珍しく声を荒げ、周囲に命じる。
「全員、直ちに帰還の準備を!」
健司も一歩前に出る。
「……行こう。僕たちも」
その声には迷いがなかった。
セイラの憎悪も、ルメの孤独も、カリオペの驚愕も――すべてを背負って、彼は前に進む。
赤い髪の孤高の魔女ルメは、健司の横顔をじっと見つめ、小さく微笑んだ。
「……あの時とは、違う。きっと」
彼女もまた――信じたかったのだ。




