魔女の監獄・反転の罠
冷たい石壁が取り囲む監獄の最奥。
鎖に繋がれた魔女達の呻き声が静まり返り、空気は異様な緊張に支配されていた。
健司たちとブラッジの戦いは続いていた。カテリーナとエルネアの連携により、一度はブラッジに傷を与えたものの、なおも彼の剣は禍々しい輝きを放ち、監獄全体を圧倒する。
だが――その時だった。
カラン、と乾いた音が響いた。
監獄の奥、囚われているはずの檻の中から。
「……くくっ……あははははっ!」
甲高い笑い声が広がった。
それは鎖につながれたはずの一人の女からだった。
闇のような髪。瞳には狂気と愉悦が宿り、全身から異様な魔力が滲み出ている。
その女は――野蛮な魔女のボス、セイラ。
「始めろ。」
短く、しかし絶対的な支配力を持ったその言葉に、檻の中に潜んでいた魔女達が同時に動いた。
「……っ!」
健司の心臓が跳ねた。
その中には、見覚えのある顔もあった。
マリエ――時空魔法の使い手。
マリエは逃げたはずなのに、今は悠然と立ち上がり、何事もなかったかのように笑っていた。
「ルネイア。」
セイラが囁いた。
前へ出たのは、野蛮な魔女の幹部――リーダー格のルネイア。
冷ややかな瞳を健司達に向け、静かに頷く。
「分かりました。全員、詠唱を。」
檻の中にいた幹部達が同時に声を合わせた。
呪文は低く、しかし次第に不気味な共鳴を持ち始め、監獄全体に振動が走る。
――ズズズ……!
空間が歪み、天井から黒い光が滴り落ちる。
呪文が最高潮に達したその瞬間。
セイラがゆっくりと手を掲げ、口を開いた。
「――反転。」
空気が爆ぜた。
次の瞬間、健司達も、そしてブラッジでさえも、全身に凄まじい衝撃を受けた。
まるで体の奥から何かをひっくり返されるような痛み。魔力が逆流し、血管が裂けるかのように苦痛が走る。
「ぐああああっ!」
ソレイユが悲鳴を上げ、セレナが崩れ落ちる。
クロエもリセルも地に伏し、カテリーナとエルネアも呻き声を漏らした。
健司は周りを見て驚いた。
ブラッジですら膝をつき、血を吐いた。
「馬鹿な……私が……魔女どもの……術に……!」
檻の中の魔女達は、愉快そうに笑っていた。
それは苦痛に喘ぐ仲間を見て笑う冷酷な狂気。
「……まさか……」
エルネアが震える声を漏らす。
「最初から……囚われてなんか……いなかった……!」
そう。
檻に囚われていたはずの魔女達――その正体は野蛮な魔女たち自身だった。
「面白い茶番をありがとう。」
ゆらりと立ち上がり、セイラが檻の格子を掴む。
その姿が波紋のように揺れ、変貌を遂げる。
――少女の姿から、大人の女へ。
黒衣に包まれたその容貌は冷酷で、瞳には理性を超えた狂気が燃えていた。
「……レディア……?」
クラリーチェが愕然と声を漏らす。
だが、その疑念はすぐに打ち砕かれた。
変貌したセイラは、囚われていたはずのレディアその人の姿だったのだ。
否――レディアに「変装」していたに過ぎなかった。
「馬鹿な……!」
カテリーナの瞳が怒りに染まる。
「……レディアをどこへやった!」
セイラは邪悪な笑みを浮かべ、楽しげに答える。
「さぁ……?もう泣き叫ぶ声も聞こえない。おそらく、どこかで夢を見ているんじゃないかしら。」
「貴様……!」
アスフォルデの環の魔女達が怒りで震え、立ち上がろうとするが、まだ体が重い。反転の呪文によるダメージは尋常ではなかった。
セイラはゆっくりと歩み寄り、健司を見下ろす。
「健司、と言ったかしら。……あなた、本当に面白いわね。魔女と人間が共に歩める?くだらない。だから私は確かめに来たのよ――絶望に染まるあなたの顔を。」
彼女の笑みは残酷で、冷たい。
「さあ、もっと見せてちょうだい。幸せから地獄に落ちる、その瞬間を。」
健司の拳が震える。
心臓が早鐘を打つ。
目の前にいるのは――これまで対峙したどの魔女よりも邪悪。
「……君みたいなのは、魔女じゃない。」
その一言に、セイラの笑みがわずかに消えた。
だが、すぐにまた狂気に染まる。
「フフフ……いいわ。だったら証明してみせなさい。……絶望に勝てるというのなら!」
監獄が揺れる。
野蛮な魔女達が一斉に立ち上がり、詠唱を始める。
――戦場は、ついに地獄と化そうとしていた。




